「来月から、生成AIの推進を担当してほしい」。そう言われて着任し、最初の数日は資料を読み、あいさつに回って過ぎていきます。気がつくと1か月がたち、上司から「で、どこまで進んだ?」と聞かれる。忙しく動いていたのに、見せられるものが手元にない。推進担当の最初の3か月は、こうなりやすい時期です。
着任直後の1週間に手を動かすことと、記事を読む順番は、推進担当になったら最初に読むページにまとめています。この記事で扱うのは、その先の90日です。着任から90日を30日ずつに区切り、それぞれの期間の終わりに「手元に残すもの(成果物)」を決めて進める計画を示します。
この記事で答える問い
- 新任リーダーの最初の90日について、どんな考え方が役に立つのか
- 30日目、60日目、90日目に、それぞれ何が手元にあればよいのか
- 90日の終わりに上司へ出す報告は、何から書き始めればよいのか
結論:90日を「何をしたか」ではなく「何が手元に残ったか」で区切ります。1〜30日は期待をそろえて状況を見立て、31〜60日は一つの業務で小さな成果をつくり、61〜90日は推進担当がいなくても回る形と、次の半年に向けた報告を残します。成果物が決まっていれば、途中で上司に聞かれても、進み具合を見せられます。
ワトキンスの『The First 90 Days』とは
『The First 90 Days』は、新しい役職に就いたリーダーが、着任後の移行期をどう乗り切るかを扱った本です。書いたのは、スイスのビジネススクールIMDなどで、リーダーの移行(トランジション)を長く研究してきたマイケル・D・ワトキンス氏です。初版は2003年、10周年の改訂増補版が2013年に出ています。邦訳は『90日で成果を出すリーダー ハーバード流マネジメント講座』(伊豆原弓訳、翔泳社、2014年)です。
本で扱っているのは管理職の着任ですが、考え方は、生成AIの推進担当にもそのまま当てはまります。社内チャットや業務システムなど、AI以外の新しいツールの推進を任された場合も同じです。この記事では、そのうち3つの考え方を使います。
損益分岐点に早く達する
同氏は、着任したリーダーが組織にもたらした価値と、組織から受け取った価値(給与や周りの人の時間など)が釣り合う時点を「損益分岐点(ブレークイーブン・ポイント)」と呼びました。移行期の目標は、この時点にできるだけ早く達することです。
推進担当に置き換えると、着任直後は、説明を聞いてもらう時間や、相談に乗ってもらう時間など、周りの手間を使う側にいます。早く「この人がいると仕事が楽になる」と思われる側に移ることが、最初の90日の目標になります。
STARSモデル:状況によってやることが変わる
ワトキンス氏は、リーダーが着任する状況を5つに分けました。頭文字をとってSTARSモデルと呼ばれます。同じ「推進担当」でも、どの状況に着任したかで、最初にやるべきことが変わります。
| 状況 | 意味 | 生成AIの推進での例 |
|---|---|---|
| 立ち上げ(Start-up) | 新しい事業や取り組みを始める | まだ全社では使えるようになっていない |
| 立て直し(Turnaround) | 深刻な問題を抱えたものを立て直す | 情報の扱いへの不安などで、利用が止められている |
| 急成長(Accelerated growth) | 急に広がっているものを管理する | 使う人が急に増え、相談やルールが追いつかない |
| 再編成(Realignment) | 以前はうまくいっていたが、問題が出始めたものを立て直す | 導入時は盛り上がったが、今は一部の人しか使っていない |
| 成功の持続(Sustaining success) | うまくいっているものを保ち、次の段階に進める | 使うことが当たり前になり、次の目標が求められている |
部署によって状況が違うことは珍しくありません。全社を一つの状況として扱わず、部署ごとに見立てます。
早い段階で小さな成果を出す
同氏はまた、早い段階で目に見える成果(アーリーウィン)を出すことを勧めています。成果そのものより、「この人の言うことは聞いてみる価値がある」という信頼が生まれることに意味があります。ただし、早く出すことを急ぐあまり、状況を知る前に打ち手を決めてしまうことは、新任リーダーの落とし穴として挙げられています。
30日ごとに残す成果物
残す成果物は、1〜30日が期待合意メモ、聞き取り記録と回答の一覧、部署ごとの見立て表、31〜60日が試行計画と試す前と後の比較の記録、61〜90日が続けるための仕組みの一覧と90日報告です。3つの考え方を、30日ずつの計画に落とし込みます。各期間の最後に、表の右端の成果物が手元にあることを目指します。
| 期間 | ねらい | 主な行動 | 期間の終わりに残す成果物 |
|---|---|---|---|
| 1〜30日 | 期待をそろえ、状況を見立てる | 上司との期待の確認、部署ごとの聞き取り、利用状況とルールの確認 | ①期待合意メモ ②聞き取り記録と回答の一覧 ③部署ごとの見立て表 |
| 31〜60日 | 一つの業務で小さな成果をつくる | 試行する業務と協力者を決める、試す前の状態を測る、試行と記録 | ④試行計画(1枚) ⑤試す前と後の比較の記録 |
| 61〜90日 | 続く形と次の半年の計画を残す | 試行で分かったことを手順や相談先に移す、90日報告を作る | ⑥続けるための仕組みの一覧 ⑦90日報告 |

1〜30日:期待をそろえ、状況を見立てる
最初にするのは、上司(多くは担当役員)との期待のすり合わせです。「90日後に何ができていれば成功か」「使える予算と時間はどれくらいか」「どのくらいの頻度で報告するか」を聞き、1枚のメモにして上司に確かめてもらいます。これが①期待合意メモです。
並行して、部署ごとに管理職と実務の担当者に話を聞きます。聞いた内容は②聞き取り記録に残し、その場で答えられなかった質問には、いつ、どう答えたかも書いておきます。最後に、聞いたことをもとに、部署ごとにSTARSのどの状況にあるかを③見立て表にまとめます。
聞き取りでは、「AIリテラシー研修は義務になったと聞いたが、どうするのか」と尋ねられることもあります。法律が実際に求めていることと、役割ごとの研修の決め方は、AIリテラシーは義務?EU AI法とAI推進法から、推進担当が決める研修の中身で整理しています。
31〜60日:一つの業務で小さな成果をつくる
見立て表をもとに、試行する業務を1つ選びます。時間がかかっている、失敗しても影響が小さい、試す前と後を比べやすい、の3つを満たす業務が向いています。対象業務、協力者、測るもの、試行を終える日を④試行計画として1枚にまとめます。
試行を始める前に、今の作業時間や手戻りの回数を測っておきます。後から「前はどうだったか」を思い出して比べても、説得力が出ません。試す前と後の数字と、協力者の感想を⑤比較の記録に残します。
試行計画を固める前に、協力者と「2か月後、この試行は失敗した」と仮定して理由を書き出してみると、計画の穴が先に見つかります。進め方はプレモーテムの記事で紹介しています。
61〜90日:続く形と次の半年の計画を残す
試行で分かったことを、手順書への追記、相談先、使い方の例などに移し、⑥続けるための仕組みの一覧にします。一覧の各行には「誰が持ち主か」を書き、推進担当の名前ばかりが並んでいないかを確かめます。
最後に⑦90日報告をまとめます。報告は「やったこと」から書き始めず、「90日で分かったこと」「上司に決めてほしいこと」「次の半年でやること」の順にします。各部署で一緒に広めてくれる人の選び方は、チェンジエージェントの記事で書いています。
90日の途中で計画がずれかけた3つの例
計画がずれ始めるのは、その期間に残すはずの成果物から目が離れたときです。次の3つは、期間ごとに一つずつ、ずれかけた場面を取り上げた例です。
1〜30日の例:聞き取りのあと、「検討します」が積み上がった
ある推進担当は、着任から1か月で12の部署を回り、要望を丁寧に聞きました。その場で答えられない質問には「検討します」と返し、気づくとそれが20件を超えていました。2回目に訪ねた部署で「前に話したことは、どうなりましたか」と聞かれ、言葉に詰まったそうです。まず聞くことに徹すれば信頼は得られる、と考えていた時期がありました。聞き取り記録に回答の期限の欄を設け、答えられないものは理由を添えて「今回は扱わない」と返すようにすると、少しずつ会話が前に進むようになりました。
31〜60日の例:試行先を「頼みやすさ」で選んだ
早く成果を見せたくて、以前に所属していた部署で試行を始めた例です。協力はすぐに得られ、議事録づくりの時間は短くなりました。ところが社内で共有すると、ほかの部署からは「あの部署だからできたんでしょう」という反応が返ってきました。頼みやすい所で結果を出せば、ほかの部署もついてくると期待していました。次の試行では、見立て表で多くの部署に共通していた業務を選び、その業務を抱える部署に協力をお願いしました。
61〜90日の例:90日報告が、活動の一覧で終わった
90日目の報告で、説明会の回数、聞き取りの件数、相談の件数を丁寧に並べた例です。担当役員は最後まで聞いたあと、「それで、私は何を決めればいいのか」と尋ねました。報告には、次の半年に必要な予算も、協力してもらう部署への依頼も書かれていませんでした。やったことを漏れなく見せるのが報告だ、と私も以前は考えていました。1週間後、決めてほしいことを最初の1枚に置いて出し直すと、何を話し合うかは共有できるようになりました。
90日を進める手順
手順の要は、節目の日と、成果物ごとの持ち主を、動き出す前に決めておくことです。着任した週から90日目まで、次の7つの順に進めます。
- 節目を先に予定表に入れる:着任した週のうちに、30日目、60日目、90日目の上司との確認の時間を押さえます。
- 期待合意メモを作る:90日後の成功の姿、予算と時間、報告の頻度を1枚に書き、上司に直してもらいます。
- 聞いたら期限を決めて返す:聞き取りで出た質問には、回答する日を決めます。答えられないものは、理由を添えて「今回は扱わない」と返します。
- 部署ごとに見立てる:聞き取りの内容から、部署ごとにSTARSのどの状況かを書きます。迷ったら、その理由も書いておきます。
- 試行の前に測る:試行する業務を1つ選び、始める前の作業時間や手戻りの回数を記録します。
- 持ち主を決めて渡す:手順書や相談先など、続けるための仕組みの一つひとつに、推進担当以外の持ち主を決めます。
- 報告は「決めてほしいこと」から書く:90日報告の最初に、上司に判断してほしいことを置きます。
聞き取りの相手に偏りがないかは、ステークホルダー分析で関係者を並べてみると確かめられます。
AI活用のポイント:90日報告に、先に突っ込んでもらう
生成AIには上司の役を頼み、90日報告のたたき台に、本番より先に質問させます。報告は、書いた本人には分かりやすく見えるものです。先に突っ込まれておくと、足りない部分を出す前に見つけられます。
これから、私が書いた「90日報告」のたたき台を貼ります。読む相手は、生成AIの導入を任せてくれた担当役員です。その役員になったつもりで、次のことをしてください。1. 報告を読んで、役員が会議で聞きそうな質問を5つ挙げる2. 報告の各段落を「分かったこと」「決めてほしいこと」「やったこと」のどれかに振り分ける3. 「決めてほしいこと」が報告の最初の3行に入っていなければ、そう指摘する4. 書き直しはしない(直すのは私がやる)[90日報告のたたき台を貼る]
たたき台を貼る前に、部署名や個人名、具体的な金額は、記号や仮の数字に置き換えてください。AIの質問は、上司の実際の関心とずれることもあります。あくまで準備の材料として使います。
90日の成果物チェック表
項目を点検するより、期限ごとに成果物が手元にあるかを確かめるほうが、進み具合をつかみやすくなります。次の表を、上司との確認の場でそのまま使えます。
| 成果物 | 目安の期限 | できた状態 |
|---|---|---|
| ①期待合意メモ | 14日目 | 上司が目を通し、直した跡がある |
| ②聞き取り記録と回答の一覧 | 30日目 | すべての質問に、回答か「扱わない理由」が書いてある |
| ③部署ごとの見立て表 | 30日目 | 部署ごとにSTARSの状況と、そう見立てた理由が書いてある |
| ④試行計画 | 40日目 | 対象業務、協力者、測るもの、終える日が1枚にある |
| ⑤試す前と後の比較の記録 | 60日目 | 試す前の数字と、試した後の数字が並んでいる |
| ⑥続けるための仕組みの一覧 | 80日目 | 各行に推進担当以外の持ち主の名前がある |
| ⑦90日報告 | 90日目 | 最初の1枚に、上司に決めてほしいことが書いてある |
まとめ
- 最初の90日は、30日ごとに「手元に残すもの」を決めて区切ります
- 1〜30日は期待をそろえて見立て、31〜60日は一つの業務で小さな成果をつくり、61〜90日は続く形と報告を残します
- ワトキンス氏のSTARSモデルを使い、部署ごとの状況に合わせてやることを変えます
上司に「で、どこまで進んだ?」と聞かれたときに見せるのは、忙しさではなく番号のついた成果物です。30日目に①から③がそろっていれば、その問いに詰まることはありません。
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参照情報
- Michael D. Watkins, The First 90 Days: Critical Success Strategies for New Leaders at All Levels, Harvard Business School Press, 2003
- Michael D. Watkins, The First 90 Days, Updated and Expanded: Proven Strategies for Getting Up to Speed Faster and Smarter, Harvard Business Review Press, 2013
- マイケル・ワトキンス『90日で成果を出すリーダー ハーバード流マネジメント講座』伊豆原弓訳、翔泳社、2014年
- Michael D. Watkins, “Picking the Right Transition Strategy,” Harvard Business Review, January 2009




