「計画は順調だったのに、終盤で思わぬ部署から反対が出た」「決裁の直前になって、役員の一言でやり直しになった」。変革のつまずきの多くは、関係者の見落としや、関わり方の読み違いから始まります。
ステークホルダー分析は、こうしたつまずきを前もって減らすための道具です。やることは、「誰が関わり、誰にどう関わってもらうか」を1枚の地図にすることです。ただ、この地図は局面が変わるたびに古くなります。途中から新しい関係者が出てくるのも、よくあることです。対象は大きな改革に限りません。チャットツールを入れ替えるときに、誰から先に話を通すかを決める場面でも出番があります。
この記事で答える問い
- ステークホルダー分析では、何をどう整理するのか
- 変革の関係者マップは、どんな手順で作るのか
- 作ったマップを、どう関わり方の計画につなげるのか
関係者は、「影響力」と「関心」の2軸で並べます。そのうえでコミットメント・チャートを書き、今の立場と、変革に必要な立場の差を見ます。関わり方を先に決めるのは、差が大きく、影響力も大きい人です。作ったマップは、局面が変わるたびに書き直します。
ステークホルダー分析とは?関係者を整理する2つの道具
ステークホルダー分析は、変革の進み方を左右できる人と、変革によって仕事が変わる人を洗い出し、どう関わってもらうかを決める作業です。ステークホルダーという考え方を経営の世界に広めたのは、経営戦略と企業倫理を研究してきたアメリカのR・エドワード・フリーマン氏が、1984年に出した著書『Strategic Management: A Stakeholder Approach』です。同氏はステークホルダーを、組織の目的の達成に影響を与える人や、その影響を受ける人や集団としてとらえました。
組織変革に当てはめると、変革の進み方を左右できる人と、変革によって仕事が変わる人のすべてがステークホルダーです。実務でよく使われる道具は、次の2つです。
道具1:影響力と関心のマトリクス
関係者を、変革への「影響力(権限や発言力)」と「関心(どれだけ気にかけているか)」の2軸で整理し、関わり方を4つに分けます。

| 象限 | 関わり方 | 例 |
|---|---|---|
| 影響力・高/関心・高 | 重点的に巻き込む:計画づくりに参加してもらう | スポンサー、関係部長 |
| 影響力・高/関心・低 | 満足を保つ:要点を短く、定期的に報告する | 他部門の役員 |
| 影響力・低/関心・高 | こまめに知らせる:進み具合と影響を丁寧に伝える | 日々使う現場の担当者 |
| 影響力・低/関心・低 | 動きを見守る:必要な情報を届け、変化を注視する | 影響の小さい部署 |
このマトリクスは、研究者のオーブリー・メンデロウ氏が1981年の情報システムの国際会議(ICIS)で発表した論文にさかのぼるとされます。広めたのは、イギリスで経営戦略を教えてきたジェリー・ジョンソン氏とケバン・スコールズ氏の教科書『Exploring Corporate Strategy』です。
注意したいのは、関心も影響力も、変革の局面によって変わることです。たとえば「動きを見守る」にいた部署が、自部署の業務に影響が出ると分かった途端、関心が一気に高まることがあります。また、一人ひとりの影響力は小さくても、集まると大きな力になる集団もあります。
道具2:コミットメント・チャート
マトリクスで「誰が大事か」が分かったら、次は「その人にどこまで関わってもらう必要があるか」を整理します。コミットメント・チャートは、MITスローン校で組織開発を教えたリチャード・ベックハード氏と、共著者のルーベン・T・ハリス氏が、1977年の著書『Organizational Transitions』(第2版は1987年)で紹介した道具です。
コミットメント・チャートでは、関係者ごとの変革への関わり方を「関与しない」「黙認」「支援」「推進」の4段階で見ます。「今の立場(○)」と「変革に必要な立場(◎)」を書き込み、2つの印がどれだけ離れているかを見ます。記入例は次のとおりです。
| 関係者(例) | 関与しない(反対を含む) | 黙認(進むのを妨げない) | 支援(進むのを助ける) | 推進(自ら進める) |
|---|---|---|---|---|
| スポンサーの役員 | ○ | ◎ | ||
| 関係部長A | ○ | ◎ | ||
| 他部門の役員 | ○◎ | |||
| 現場のリーダー層 | ○ | ◎ |
4段階の名前は、原著の「no commitment」「let it happen」「help it happen」「make it happen」を当ブログで訳したものです。必要な立場は、全員が「推進」である必要はありません。他部門の役員のように、「黙認」で十分な人もいます。差が大きい人(この例では関係部長Aと現場のリーダー層)が、優先して関わる相手です。
関係者マップはどう作る?
関係者マップは、関係者の洗い出しから定期的な更新まで、6つの手順で作ります。前半で「誰がいるか」をそろえ、後半で「誰に、どう関わるか」を決める流れです。
- 関係者を洗い出す:変革で仕事が変わる人、変革を決める・止められる人、変革に必要な資源(予算、人、データ)を持つ人を挙げます。部署単位だけでなく、キーパーソンは個人で挙げます。社外(顧客、取引先、労働組合など)も忘れずに確かめます。
- それぞれの関心と懸念を書く:その人は変革で何を得て、何を失うのか。何を気にしているのか。推測で終わらせず、できるだけ本人や周囲に聞いて確かめます。
- 影響力と関心で配置する:マトリクスの4つの象限に配置します。迷う人は、推進チームで話し合って決めます。
- 今の立場と必要な立場を書く:コミットメント・チャートに、今の立場(○)と、変革に必要な立場(◎)を書き込みます。
- 差の大きい人から関わり方を決める:影響力が大きく、今と必要な立場の差が大きい人から、誰が、いつ、どう関わるかを決めます。抵抗の理由が分かっている人には、抵抗のタイプに合った対応を選びます。
- 局面が変わるたびに更新する:変革の局面が変わると、関心も立場も変わります。月に1回、または局面の切り替わりで見直します。
関係者分析テンプレート:6つの手順を1枚の表にまとめる
関係者分析は、横に7つの列を並べた表が1枚あれば始められます。上の6つの手順を、左から順に埋めていく形です。表計算ソフトに写して、そのまま使ってください。1行目は記入例です。
| 関係者(役割で書く) | 仕事がどう変わるか | 関心・懸念 | 影響力/関心 | 立場(今→必要) | 関わり方と担当 | 次に見直す時期 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| (例)経理部長 | 経費の承認が画面上に移る | 月末の締めが遅れないか | 高/低 | 黙認→支援 | 推進リーダーが締めの前に10分で要点を伝える | 試行を始める前 |
「関心・懸念」が推測のままの行は、本人に聞く予定を「関わり方」の列に先に書いておきます。空欄が多い行ほど、こちらが相手のことを知らないという印です。
関係図(ステークホルダーマップ)も描く
表とマトリクスは、関係者を一人ずつ並べて見る道具です。けれど実際の職場は、「この部長がうなずけば現場が動く」「この2つの課は予算を取り合っている」といった、人と人のつながりで動いています。そこで、表の関係者を丸で紙に置き、次の3種類の線で結んだ関係図も描いておきます。
- 矢印:この人が言えば、あの人が動く(影響を与える向き)
- 破線:利害がぶつかる、または一緒に動きたがらない
- 太線:よく相談し合う、信頼し合っている
矢印をたどると、話を通す順番が見えてきます。影響力の大きい人に直接頼むより、その人が信頼している人に先に話しておくほうが通りやすいこともあります。破線で結ばれた二人には、同じ説明を同じ日に届け、どちらかだけが先に知っている状態をつくらないようにします。
生成AIの導入で、後から出てきやすい関係者
生成AIの導入では、使う部署よりも、「止められる部署」が後から出てきやすくなります。業務が変わる部署は自然に目に入りますが、ルールや情報を所管する部署は、推進チームの視野から外れがちです。このあとの例1の稼働延期も、この種類の見落としでした。
| 関係者 | 気にしていること | 声をかける時期の目安 |
|---|---|---|
| 情報セキュリティの担当 | 入力した情報がどこに保存され、どう扱われるか | ツールを選ぶ前 |
| 法務・知的財産の担当 | 生成物の権利、利用規約、契約書との関係 | 利用ルールを書く前 |
| 個人情報を所管する部署 | 顧客や社員の情報を入力してよいか | 利用ルールを書く前 |
| 人事・労務の担当、労働組合 | 業務量、評価、働き方への影響 | 対象の業務を決めたとき |
| 調達・経理 | 契約の形、費用をどの部署が持つか | 全社に広げる前 |
| 内部監査 | 記録が残るか、後から説明できるか | 試しに使う段階 |
こうした部署は、関心が低く見えても影響力は大きい位置にいます。マトリクスでは「満足を保つ」に置き、要点を早めに、短く伝えます。稼働直前の差し戻しは、内容の問題より、伝えた時期の遅さから起きることが少なくありません。
関係者マップの取り扱いに注意する
関係者マップには、個人への評価が含まれます。「この人は反対派」と書かれた資料が本人の目に触れれば、関係はかえって悪くなります。共有する範囲は推進チームの中にとどめ、表現も「懸念」「必要な関与」など事実に近い言葉を選びます。
関係者の見落としでつまずいた例
関係者の見落としは、地図に「載っていない」「読み違えている」「古くなっている」の3つの形で起きます。次の3つは、その一つずつに当たります。
例1:「関係ない」と思っていた部署が、稼働直前に止めた
社内の申請をクラウドのツールに切り替えたときのことです。推進チームは、業務が直接変わる部署だけを関係者として扱っていました。稼働の直前、データの取り扱いを所管する部署から「確認を受けていない」と指摘が入り、稼働は延期になりました。止める権限を持つ部署には自然に話が届いているものと、こちらも思い込んでいました。
例2:スポンサーが「支援」どまりで、部署間の対立を調整できなかった
情報共有ツールの導入で、スポンサーの役員は会議のたびに賛成を口にしていました。いざとなれば役員が部署間の調整に動いてくれると、どこかで期待していました。ところが、運用ルールをめぐって二つの部署がぶつかったとき、役員は様子を見るだけでした。後からコミットメント・チャートを書いてみて、役員の立場は「支援」で、必要だったのは「推進」だったと気づきました。
例3:開始時に作った関係者マップを、半年そのままにしていた
文書管理ツールの導入を始めるときに、丁寧な関係者マップを作りました。半年の間に組織変更があり、キーパーソンの何人かは異動していましたが、マップは開始時のままでした。新しく着任した部長への説明が後回しになり、進め方の見直しを求められました。その後はマップを月に一度見直すようにして、説明の漏れは少し減ってきました。
AI活用のポイント:関係者の洗い出し漏れを探す
生成AIは、推進チームの視野の外にいる関係者を探す相手として使えます。自分たちだけで洗い出すと、どうしても推進チームに見えている範囲の人しか挙がりません。そこで生成AIに変革の内容を伝え、見落としやすい関係者を挙げてもらいます。思いつかなかった立場が、いくつか出てくることがあります。入力するときは、個人名ではなく役割(「経理部長」「現場のリーダー層」など)で書き、社名や機密情報は入れないでください。
あなたは、部署をまたぐプロジェクトの調整役を長く務めてきた人です。
次の変革について、ステークホルダー分析を手伝ってください。
変革の内容:[例:紙とメールで行っている受発注業務を、新しい仕組みに一本化する]
いま挙げている関係者(役割で記載):[例:営業部、購買部、各部の部長、現場の担当者]
1. 見落としやすい関係者を、社内・社外に分けて挙げてください(変革を止める権限を持つ部署、データや規程を所管する部署を必ず含める)
2. 各関係者について、変革で得るもの・失うもの・主な懸念を1行ずつ書いてください
3. 「影響力」と「関心」を高・低で仮に評価し、4つの象限に分けてください
4. 最初に関わるべき関係者を3つ選び、理由と関わり方を提案してください
AIの答えには、自社にはない部署や役割も混じります。実際の関心や懸念は、本人や周囲に聞いて確かめます。
チェックリスト:関係者マップが使える状態になっているか
- 変革で仕事が変わる人だけでなく、変革を止められる人も洗い出した
- 社外の関係者(顧客、取引先など)も確かめた
- 各関係者の関心と懸念を、本人や周囲に聞いて確かめた
- 影響力と関心のマトリクスに配置した
- 今の立場と、変革に必要な立場の差を確かめた
- 差の大きい人について、誰が、いつ、どう関わるかを決めた
- マップの共有範囲を推進チームにとどめている
- 局面の切り替わりや組織変更のときに、マップを更新している
まとめ
関係者マップは、作った日がいちばん正確で、そこから先は古くなる一方です。終盤の思わぬ反対は、地図にいなかった人か、地図が古くなって見えなくなった人から出てきます。
- ステークホルダー分析は、「誰が関わり、誰にどう関わってもらうか」を1枚の地図にする作業です
- 影響力と関心のマトリクスで優先度を、コミットメント・チャートで今の立場と必要な立場の差を見ます
- 差の大きい人から関わり方を決め、マップは局面が変わるたびに更新します
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参照情報
- R. Edward Freeman, Strategic Management: A Stakeholder Approach, Pitman, 1984
- Richard Beckhard and Reuben T. Harris, Organizational Transitions: Managing Complex Change, 2nd ed., Addison-Wesley, 1987(初版1977年)
- A. L. Mendelow, “Environmental Scanning: The Impact of the Stakeholder Concept,” Proceedings of the Second International Conference on Information Systems (ICIS), 1981
- Gerry Johnson and Kevan Scholes, Exploring Corporate Strategy(影響力と関心のマトリクスを広めた経営戦略の教科書)




