新しい仕組みの導入が終わると、プロジェクトチームは解散します。次の導入が始まると、別のメンバーが集まり、前回とよく似た議論をして、前回とよく似た所でつまずきます。担当者は毎回がんばっているのに、組織としては少しも賢くなっていません。
「同じ失敗を繰り返さない組織にしたい」「チームで学び続けられる職場にしたい」。こうした願いに一つの道すじを示したのが、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で組織の学びを研究してきたピーター・センゲ氏の「学習する組織」です。名前はよく聞くものの、中身は抽象的で、現場でどう使えばよいのかが分かりにくい考え方でもあります。
この記事で答える問い
- 学習する組織とは何か、5つのディシプリンには何が含まれるのか
- 変革の現場で、学習する組織づくりはどこでつまずくのか
- 5つをばらばらに学ばず、一つの問題で同時に試すにはどうするのか
結論:学習する組織は、目指す姿に向かって、メンバーが学ぶ力を伸ばし続ける組織のことです。センゲ氏はそのための鍛錬として、システム思考、自己マスタリー、メンタル・モデル、共有ビジョン、チーム学習の5つを挙げました。5つを別々の研修として並べるより、「何度も繰り返している問題」を一つ選び、その問題をチームで読み解く場で5つを同時に使うほうが、現場では身につきます。
学習する組織とは
学習する組織とは、メンバー一人ひとりと組織全体が、本当に望む結果を生み出す力を伸ばし続け、新しい考え方を育て、共に学ぶ方法を学び続けている組織です。
この考え方は、センゲ氏が1990年の著書『The Fifth Discipline』で示したもので、2006年に改訂版が出ました。改訂版の邦訳は『学習する組織――システム思考で未来を創造する』(枝廣淳子・小田理一郎・中小路佳代子訳、英治出版、2011年)です。上の定義は、同書の考え方を当ブログの言葉でまとめたものです。
同氏の言う「学習」は、研修を受けて知識を増やすことだけを指していません。自分たちが本当に生み出したいものを、生み出せるようになっていくことを指しています。そのため、学習する組織は、完成したらおしまいの状態ではありません。学び続けている、という動きそのものを指す言葉です。
なお、研究の世界で使われる「組織学習」とは、似ていて少し違う言葉です。両者の違いは組織学習とは?個人の学びを組織のやり方に変えるしくみで整理しました。
5つのディシプリン
センゲ氏は学習する組織に欠かせないディシプリンを5つ挙げています。ディシプリン(discipline)は、ここでは「規律」ではなく、身につけるために続ける鍛錬や修練という意味です。楽器の練習のように、一度学べば終わりではなく、続けるほど上達するもの、という含みがあります。
| ディシプリン | 中身 | 変革の現場での問い |
|---|---|---|
| システム思考 | 出来事を単独で見ず、要素どうしのつながりと、時間をかけて返ってくる影響を見る | この問題は、自分たちの打ち手のどれから生まれていないか |
| 自己マスタリー | 自分が本当に望むことと、今の現実を両方はっきり見て、その差を学ぶ力に変える | 自分はこの変革で何を実現したいのか |
| メンタル・モデル | 物事の見方を形づくる、心の中の前提やイメージに気づき、見直す | 自分たちは何を当たり前だと思い込んでいるか |
| 共有ビジョン | メンバーが心から望む将来像を、上から配るのではなく共に描く | この変化の先に、自分の仕事はどうなっていてほしいか |
| チーム学習 | 対話を通じて、個人の能力の合計を超えて考えられるチームになる | 結論を急がず、互いの考えの理由を聞けているか |

本の原題が「第五のディシプリン」であるとおり、5つ目に置かれたシステム思考は、ほかの4つをつなぎ合わせる役割を持つとされます。一方で、システム思考だけを学んでも、前提を問い直す力や対話の力がなければ、現場の行動は変わりません。5つは組み合わせて使うものです。
チーム学習の土台になる「対話」
チーム学習で同氏が重視したのが、対話(ダイアログ)です。手がかりにしたのは、量子力学の研究で知られ、のちに対話の研究にも取り組んだ物理学者、デヴィッド・ボーム氏の考えです。センゲ氏は対話を、自分の前提をいったん脇に置き、共に考える営みとして描きました。結論を出して一つを選ぶ議論(ディスカッション)とは役割が違い、両方を使い分けるよう説いています。
学習を妨げる7つのクセ
同書は、組織の学習を妨げるものとして、7つの「学習障害」を挙げています。名前は当ブログの言い換えで、右の列は変革の現場で見かける姿です。
| 学習を妨げるクセ | 変革の現場でよく見かける姿 |
|---|---|
| 自分の持ち場がすべてだと考える | 「うちの部署の担当範囲はここまで」と、全体の結果に関心が向かない |
| 原因は外にあると考える | 定着しないのは現場の意識が低いから、と説明して終わる |
| 手を打つこと自体を主体性だと考える | 施策を増やすことが前進だと感じ、その施策が生む影響を見ない |
| 目の前の出来事にとらわれる | 毎週のトラブル対応に追われ、繰り返しのパターンに気づかない |
| ゆっくりした変化に気づかない(ゆでガエルのたとえ) | 少しずつ利用が減っていくのを、半年たつまで誰も問題にしない |
| 経験から学べると思い込む | 打ち手の結果が出るのが何か月も先で、何が効いたのか分からない |
| 経営チームは一枚岩だと思い込む | 上層部の意見の違いが表に出ず、現場に矛盾した指示が届く |
どれも、個人の能力の問題ではなく、組織の見え方の問題です。5つのディシプリンは、こうしたクセを和らげるための鍛錬として読むと、現場とのつながりが見えやすくなります。
学習する組織づくりでつまずいた例
つまずきは、5つのうち一つだけを取り出し、ほかの4つと切り離して使ったときに起きやすくなります。次の3つは、共有ビジョン、チーム学習、システム思考のそれぞれでつまずいた例です。
例1:共有ビジョンを額に入れたら、誰も口にしなくなった
変革の始まりに、経営層が合宿で「目指す姿」をまとめ、ポスターにして各フロアに貼りました。言葉は立派でしたが、数か月たつと、会議で誰もそれに触れなくなりました。現場から見ると、ビジョンは上から配られたもので、自分の仕事とのつながりが見えなかったのです。そこで部署ごとに「この変化のあと、自分の仕事はどうなっていてほしいか」を一人ずつ書いてもらい、上の言葉と並べて話す時間をとりました。全員が同じ方向を向いたとまでは言えませんが、会議でビジョンの言葉が少しずつ出るようになりました。
変革のビジョンを、変わったあとの仕事の一場面と「変わらないもの」まで含めて書く手順は、「ビジョンとは?ミッション・パーパスとの違いと、変革を動かすビジョンのつくり方」で紹介しています。
例2:振り返りが「誰が悪かったか」の場になった
導入の山場を越えたあと、チームで振り返りの会を開きました。始まって10分ほどで、話題は「あのとき誰が仕様の変更を伝え忘れたか」に移り、発言する人が限られていきました。結論を出す議論ばかりで、互いの考えの理由を聞く時間がなかったのです。次の回では、最初の30分を「それぞれが当時どう考えていたか」を話すだけの時間にし、良し悪しの判断は後半に回しました。話しにくさは残りましたが、当時の判断の理由が初めて共有され、次の計画に反映できた点がいくつかありました。
例3:問い合わせ窓口を手厚くするほど、問い合わせが減らなかった
新しい業務システムの導入で、困ったらすぐ聞ける窓口を用意しました。答えが早いと評判になり、問い合わせは増え続けました。窓口の人を増やす相談をしていたとき、ふと、現場が自分で調べる機会を窓口が奪っているのではないかと思い当たりました。手を打つほど、根本の解決から遠ざかるつながりです。センゲ氏がシステム思考の典型的な型の一つとして挙げる「shifting the burden」(応急の対処が、根本の解決を遠ざける型)に近いと気づいたのは、後になってからでした。回答に手順書の該当ページを必ず添えるようにすると、同じ質問の繰り返しは少し減りました。
5つのディシプリンを、一つの問題で同時に試す手順
繰り返している問題を一つ選び、出来事のつながりを図にし、前提を書き出して理由を聞き合い、一人ひとりの望む姿を重ねたうえで、小さく試して同じメンバーで振り返ります。5つのディシプリンを一つずつ研修で学ぶと、時間がかかるうえ、現場の仕事と切り離されがちです。ここでは、チームが繰り返し困っている問題を一つ題材にして、5つを一度に使う手順を紹介します。
- 繰り返している問題を一つ選ぶ:一度きりの事故ではなく、形を変えて何度も起きている問題を選びます。「導入のたびに説明会の後で混乱する」などです。
- 出来事を時系列で並べる(システム思考):過去半年から1年の出来事と打ち手を並べ、「何が起きると、次に何が起きたか」の矢印を引きます。同じ形の矢印が見えたら、それがパターンです。
- 一人ずつ、前提を書き出す(メンタル・モデル):この問題について自分が当たり前だと思っていることを、各自が3つずつ付箋に書きます。互いの前提の違いが、議論のすれ違いの正体であることがよくあります。
- 理由を聞き合う時間をとる(チーム学習):書き出した前提について、良し悪しを判断せず、「なぜそう考えるのか」だけを聞き合います。結論を出す話し合いは、そのあとに分けて行います。
- 一人ひとりの望む姿を重ねる(自己マスタリーと共有ビジョン):この問題が解けたとき、自分の仕事はどうなっていてほしいかを各自が書き、共通する部分をチームの目標として言葉にします。
- 小さく試し、同じメンバーで振り返る:矢印の図から、手を入れる場所を一つ選んで試します。1か月後に同じメンバーで図を見直し、矢印を描き足します。
2で引いた矢印の図は、完璧である必要はありません。描いた図を、メンバーが「自分たちの職場の図だ」と感じられるかどうかで、その後の話し合いの深さが変わります。前提の問い直し方をもっと深めたいときは、シングルループ学習とダブルループ学習の手順が使えます。
AI活用のポイント:出来事の並びから、つながりの仮説を出させる
生成AIには、出来事の並びから「何が何に効いていそうか」という仮説を出させます。手順2の矢印を引く作業は、慣れないと手が止まります。AIの仮説は正解ではなく、チームで話し合うためのたたき台です。社名や個人名、具体的な数字は伏せて入力してください。
システム思考の考え方で、私たちのチームの問題を一緒に整理してください。チームで繰り返し起きている問題と、出来事の並びは次のとおりです。問題:[例 新しいツールを導入するたびに、説明会の後で現場が混乱する]出来事と打ち手(古い順):- [例 説明会を開いた]- [例 問い合わせが集中した]- [例 窓口の担当を増やした]- [例 次の導入でも同じことが起きた]1. 出来事どうしの「AがBを増やす/減らす」というつながりを、仮説として5つ挙げてください2. その中で、打ち手が時間をおいて問題を強めていそうな循環があれば指摘してください3. それぞれの仮説を確かめるために、チームで話し合うとよい問いを1つずつ添えてください
出てきたつながりは、手順2で描いた矢印の図と見比べます。図にない矢印があれば、その出来事の場にいたメンバーに「本当にそうだったか」を聞いてから描き足します。
チェックリスト:学び続けるチームになっているか
- 繰り返し起きている問題を、名前を付けて呼べている
- 問題を、出来事の一覧ではなく、つながりの図で話し合ったことがある
- 自分たちが当たり前だと思っていることを、書き出したことがある
- 振り返りで、誰が悪かったかより、なぜそう判断したかを聞いている
- 結論を出す話し合いと、考えを聞き合う時間を分けている
- 目指す姿を、自分の仕事の言葉で言える人が何人かいる
- 打ち手の結果を、同じメンバーで後から確かめている
まとめ
- 学習する組織は、望む結果を生み出す力を、メンバーと組織が伸ばし続けている状態を指します
- 5つのディシプリンは別々の研修ではなく、組み合わせて使う鍛錬です。つなぎ役はシステム思考です
- 繰り返している問題を一つ選び、その問題をチームで読み解く場で、5つを同時に試すのが現場での近道です
次の導入が始まる前に、前回のつまずきを矢印の図にして、新しいメンバーに渡します。それだけで、前回とよく似た議論から始めずに済みます。
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参考文献
- Peter M. Senge, The Fifth Discipline: The Art and Practice of the Learning Organization, Doubleday/Currency, 1990(改訂版 2006年)
- ピーター・M・センゲ『学習する組織――システム思考で未来を創造する』枝廣淳子・小田理一郎・中小路佳代子訳、英治出版、2011年




