社内に、表計算ソフトに詳しい人たちが自然に集まって、困りごとを教え合うチャットがあるとします。誰かが命じて作ったわけではなく、目標や締め切りもありません。この集まりは「チーム」でしょうか。
チームと呼ぶには、どこか違和感が残ります。この違いを説明するのが、実践共同体(Community of Practice、略してCoP)という考え方です。定義と3つの要素、チームとの違い、育ち方の段階を押さえておけば、身近な集まりのどこが弱っているのかを、自分で見立てられるようになります。
結論:実践共同体とは、あるテーマへの関心を共有する人たちが、継続的に交流しながら、その分野の知識や技能を深めていく集団です。「領域」「共同体」「実践」の3つがそろうと、集まりは学び合う場として続きます。うまくいかない集まりは、たいていこの3つのどれかが弱くなっています。
実践共同体とは
実践共同体とは、あるテーマへの関心を共有する人たちが、継続的に交流しながら、その分野の知識や技能を深めていく集団です。実践共同体という言葉は、社会人類学者のジーン・レイヴ氏と、教育理論家のエティエンヌ・ウェンガー氏が1991年の『Situated Learning』で使ったのが始まりです。同書は、新人が共同体の端の仕事から参加を深めていく学び方を、正統的周辺参加として描きました。その学びが起きる場が、実践共同体です。新人が端の仕事から一人前になっていく道すじのほうは、正統的周辺参加とは?新人は「端っこの仕事」から学ぶで一本の記事にしました。
その後ウェンガー氏は、1998年の『Communities of Practice: Learning, Meaning, and Identity』で概念を理論として深めました。さらに、企業の知識マネジメントに携わってきたリチャード・マクダーモット氏、ウィリアム・スナイダー氏との2002年の共著『Cultivating Communities of Practice』(邦訳『コミュニティ・オブ・プラクティス』翔泳社、2002年)で、企業が実践共同体を育てるための実務書を著しました。
2002年の本は、実践共同体を次のように定義しています。邦訳の表現では、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」です。
この定義の要点は、集まる理由が「仕事を一緒に仕上げること」ではなく「その分野で上達すること」にある点です。冒頭の表計算ソフトのチャットは、まさにこの形をしています。
日本の職場を対象にした研究には、関西学院大学で経営学を教える松本雄一氏の『実践共同体の学習』(2019年)などがあります。
実践共同体の3つの要素
同書は、実践共同体を形づくる要素として、領域(ドメイン)、共同体(コミュニティ)、実践(プラクティス)の3つを挙げています。

領域:何について学び合うのか
領域は、メンバーが関心を共有するテーマです。「生成AIを業務でどう使うか」「顧客との契約交渉」のように、メンバーにとって大切で、まだ答えが出きっていないテーマが領域になります。領域がはっきりしていると、何を持ち寄ればよいかが分かり、参加する理由も人に伝えられます。
共同体:誰と学び合うのか
共同体は、領域について一緒に学ぶ人たちのつながりです。質問しても大丈夫だと感じられる関係や、互いに何に詳しいかを知っている状態がここに含まれます。人が集まっていても、関係ができていなければ、困りごとは持ち込まれません。
実践:何を共有するのか
実践は、メンバーが共有し、育てていく具体的な知識ややり方です。事例、道具、よく使う手順、失敗の記録などがそうです。話をするだけで終わらず、使えるものが少しずつたまっていくことで、共同体は外から見ても価値のある場になります。
チームやプロジェクトとの違い
チームやプロジェクトは決められた成果を出すために集まり、実践共同体はその分野で上達し、知識を深めるために集まります。3種類の集まりの主な違いを、当ブログの言葉で一枚の表に収めました。
| 実践共同体 | チーム・プロジェクト | 人脈・知り合いのつながり | |
|---|---|---|---|
| 集まる目的 | その分野で上達すること、知識を深めること | 決められた成果を出すこと | 情報をやり取りすること |
| メンバー | 関心のある人が自分で加わる | 上司や計画で決まる | 知り合い同士 |
| まとめているもの | テーマへの関心と熱意 | 目標と締め切り | 互いの必要 |
| 続く期間 | 関心が続くかぎり | 目標を達成するまで | 関係が続くかぎり |
実践共同体は、チームの代わりではありません。チームは仕事を仕上げ、実践共同体はチームをまたいで知識を深めます。一人の人が、所属するチームと、関心のある実践共同体の両方に関わっている状態が自然です。
参加の度合いは、人によって違ってよい
実践共同体では、関わり方が人によって違っていてよく、ふだんは見ているだけの周辺のメンバーも、見ることで学んでいます。同書は、実践共同体のメンバーの関わり方に段階があることも描いています。会合をまとめ、テーマを動かす中心のコアグループ、定期的に参加する活動的なメンバー、ふだんは見ているだけの周辺のメンバーです。
周辺のメンバーは、参加していないのではなく、見ることで学んでいます。全員が発言する集まりを目指すより、周辺から中心へ移りやすい入口を用意するほうが、実践共同体は育ちます。
実践共同体の育ち方:5つの段階
実践共同体は、潜在、結託、成熟、維持・向上、変容の5つの段階をたどって育ちます。2002年の本は、このように段階を5つに分けています。名前は邦訳と原書で表現が異なることがあるため、ここでは原語を添えます。
| 段階 | 起きていること |
|---|---|
| 潜在(Potential) | 同じ悩みを持つ人たちが、ばらばらに存在している |
| 結託(Coalescing) | 人が集まり、共有する価値を見つけ始める |
| 成熟(Maturing) | テーマと範囲がはっきりし、知識が体系的にたまり始める |
| 維持・向上(Stewardship) | 活動を続けながら、テーマの鮮度と勢いを保つ |
| 変容(Transformation) | 役目を終える、別の共同体に分かれる、組織に組み込まれる |

最後の段階が「変容」とされている点は、見落とされがちです。実践共同体は永遠に続く必要はありません。テーマが当たり前になって集まる理由が薄れたら、閉じることも一つの終わり方です。
うまくいかない集まりを、3つの要素で見立てる
うまくいかない集まりは、領域、共同体、実践のどれが弱っているかで見立てると、最初に試すことが決まります。3つの要素という枠組みまでがウェンガー氏らの本によるもので、それを職場の症状の表に落とし込んだのは当ブログです。勉強会や社内コミュニティが伸び悩むときによく見られる様子を、どの要素が弱っているかで分けました。
| よくある様子 | 弱い要素 | 最初に試すこと |
|---|---|---|
| 毎回、何の集まりなのか説明から始まる | 領域 | テーマを一文で書き、案内文の冒頭に置く |
| 話題が広がりすぎて、誰の役に立ったのか分からない | 領域 | 今期扱う問いを3つに絞る |
| 参加者はいるが、質問が出ない | 共同体 | 少人数で互いの困りごとを話す時間をつくる |
| いつも同じ数人しか話さない | 共同体 | 周辺のメンバーが一言で参加できる場を用意する |
| 楽しく話すが、あとに何も残らない | 実践 | 毎回一つ、使える事例や手順を記録に残す |
| 記録はあるが、誰も見返さない | 実践 | 記録を業務で使う場面に置き、使った人の声を集める |
例:生成AIの社内コミュニティが「雑談の場」になっていた
ある職場で、生成AIに関心のある人が集まるチャットの場を作り、最初の数か月は投稿が続きました。やがて投稿は新しいツールの紹介ばかりになり、業務で使ったという話は出なくなりました。振り返ると、領域が「生成AI全般」と広すぎ、実践として残すものも決めていませんでした。そこで、領域を「社内資料の要約と手順書の更新にどう使うか」に絞り、使ったプロンプトと結果を一件ずつ記録する形に変えました。投稿の数は減りましたが、記録を見て自分の業務で試したという声が、ときどき出てくるようになりました。
では、生成AIの活用を広げるために、社内でこうした集まりをどう立ち上げればよいのか。その段取りは生成AIの社内コミュニティの作り方:実践コミュニティで活用を広げ、育てるにまとめました。
AI活用のポイント:領域の一文を練る
生成AIは、集まりのテーマを表す一文の候補を並べて比べる相手として使えます。3つの要素のうち、最初に固めたいのは領域です。領域は短い一文で言えるほど、人を集めやすくなります。候補をいくつも出させて並べると、しっくりくる言葉が見つかります。
社内で、次のような関心を持つ人たちの学び合いの場を作ろうとしています。
関心:[例 生成AIを営業の資料づくりに使うこと]
集まってほしい人:[例 営業部門で提案資料を作っている人]
いま困っていること:[例 使い方が人によってばらばらで、うまくいった方法が広まらない]
この集まりの「テーマ」を表す一文を、次の条件で5案出してください。
- 30字以内
- 参加すると何が上達するのかが分かる
- 範囲が広すぎない
最後に、5案それぞれについて、範囲が広すぎるか狭すぎるかを一言で評価してください。
出てきた案は、集まってほしい人の何人かに見せて、「自分ごとに感じるか」を聞いてから決めます。テーマの言葉を決めるのは、AIではなくメンバーです。
まとめ
実践共同体は、テーマへの関心でつながり、交流を通じて知識を深める集団です。領域、共同体、実践の3つがそろうと、集まりは続き、知識がたまっていきます。伸び悩んでいるときは、3つのうちどれが弱っているのかを見立てるところが出発点です。
冒頭の表計算ソフトのチャットも、テーマが一文で言え、困りごとを気軽に持ち込める関係があり、解決したやり方が残っていくなら、立派な実践共同体です。チームと呼ぶときの違和感は、そこから来ていました。
最初の一歩:自分が関わっている集まりのテーマを、30字以内の一文で書いてみてください。書けなければ、弱いのは領域です。
連載:越境学習とコミュニティ
職場の外で学び、つながりを組織の力にするまでを、12本で順にたどる連載です。
関連記事
- 正統的周辺参加とは?新人は「端っこの仕事」から学ぶ
- 実践共同体の企業事例:大企業のナレッジ責任者が過去に語った、コミュニティの育て方と測り方
- 社内勉強会が続かない「意味ない」と言われる理由:続く勉強会・読書会は何が違うか
- SECIモデルとは?身近な例で考える生成AI時代のナレッジ共有
- 越境学習とは?社外に出ると学びが深まる理由
参照情報
- Jean Lave and Etienne Wenger, Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation, Cambridge University Press, 1991
- Etienne Wenger, Communities of Practice: Learning, Meaning, and Identity, Cambridge University Press, 1998
- Etienne Wenger, Richard McDermott and William M. Snyder, Cultivating Communities of Practice: A Guide to Managing Knowledge, Harvard Business School Press, 2002(邦訳:エティエンヌ・ウェンガー、リチャード・マクダーモット、ウィリアム・M・スナイダー『コミュニティ・オブ・プラクティス』翔泳社、2002年)
- 松本雄一『実践共同体の学習』白桃書房、2019年




