変革やAI導入の推進担当を任されて、まずハーバード・ビジネススクールのジョン・P・コッター氏が示した8段階を読んだ人は多いと思います。8つの段階は頭に入った。でも、実際に「今のままでいい」と言う人が目の前に現れたとき、自分がどう動くかは想像しにくいものです。
理論の本は、段階の名前と意味を教えてくれます。けれど、反対する人の言い分や、仲間が少しずつ増えていく手ざわりまでは教えてくれません。その間を埋めてくれるのが、ペンギンの物語で同氏の理論を描いた『カモメになったペンギン』です。
この記事で答える問い
- 『カモメになったペンギン』はどんな本で、コッターのどの考え方が入っているのか
- 物語のどこを読めば、推進担当の仕事の予行演習になるのか
- 自分の職場に置き換えて読むには、生成AIをどう相手役に使えばよいのか
結論:『カモメになったペンギン』は、推進担当になったときに「変革の場面を先に一度体験しておく」ための本です。氷山が崩れかけているのに、現状維持のために反対に回るペンギンたちがいます。その中で新しいビジョンを示し、仲間を集め、行動を変えていく流れを追うと、8段階が「手順」ではなく「人の動き」として見えてきます。登場するペンギンを自分の職場の誰かに置き換えて読むと、そのまま予行演習になります。
あらすじ:崩れかけた氷山から始まる変革の物語
物語は、群れがそれまでの住みかと暮らし方を手放し、新しい生き方へ移っていくまでを描いています。舞台は、南極の氷山を住みかにするペンギンの群れです。群れの中には人間と同じような社会があり、議会が開かれ、それぞれのペンギンが仕事や役目を持って暮らしています。ある日、自分たちの住む氷山が崩れかけていることに気づいた一羽が現れます。群れは長く同じ暮らし方を続けてきたので、危機を信じない者や、変わること自体に反対する者も出てきます。議会で話が進まない、立場のある者が反対する。人間の職場でよく見ることが、ペンギンの世界でもそのまま繰り返されています。
話はやさしく、短い時間で読み切れます。その中に、コッターの変革理論がそのまま組み込まれています。
著者は、リーダーシップと企業変革の研究で知られるコッター氏と、同氏と組んで変革の考え方を広めてきたホルガー・ラスゲバー氏です。訳者は、リクルート出身で、のちに東京都で民間人として初めて公立中学校の校長を務めた藤原和博氏。日本語版はダイヤモンド社から2007年に出ていて、2017年には電子版も出ました。
本に出てくるコッターの考え方は2つ
推進担当として押さえておきたいコッターの考え方は、変革を成功させる八段階のプロセスと、「考え方」と「感じ方」の役割の2つです。どちらも、物語のあとの理論を整理したパートに出てきます。
1. 変革を成功させる八段階のプロセス
本書では、8つの段階が4つのまとまりに分けて示されています。段階の名前に、本の解説をごく短くまとめた一言を添えると、次のとおりです。
- 準備を整える
- 1 危機意識を高める:変える必要と、急いで動く大切さを周りに分かってもらう
- 2 変革推進チームをつくる:リーダーシップや信頼、専門性などを持つ、力のあるチームを集める
- すべきことを決定する
- 3 変革のビジョンと戦略を立てる:どんな将来にするのか、どうやって実現するのかをはっきりさせる
- 行動を起こす
- 4 変革のビジョンを周知徹底する:ビジョンと戦略を、できるだけ多くの人に理解し賛同してもらう
- 5 行動しやすい環境を整える:障害を取り除き、動きたい人が動けるようにする
- 6 短期的な成果を生む:早いうちに、目に見える成果を出す
- 7 さらに変革を進める:一つ成功しても止まらず、ビジョンが実現するまで続けて加速させる
- 変革を根づかせる
- 8 新しい文化を築く:新しいやり方が古い習慣に置き換わり、成果につながっているかを確かめる
各段階の中身と、現場でのつまずき方はコッターの8ステップ(変革の8段階)とは?変革プロセスを現場で使う方法で詳しく書いています。この本の良さは、同じ8段階を、ペンギンたちが迷ったり言い争ったりしながら進んでいく姿で見られることです。
とくに7段階目の説明には、推進担当が忘れがちな一言があります。
そのビジョンが実現するまでは変革に次ぐ変革で、手綱を緩めてはならない。
『カモメになったペンギン』(電子書籍版)
ひとつ成果が出ると、ほっとして手を止めたくなります。物語の中でも、そこで気を抜かないことが描かれています。
2. 「考え方」と「感じ方」の役割
もう1つは、人の行動を変える2つの道筋です。本書は、データを集めて分析し、論理的に示して考え方を変える道と、驚きや感動を目に見える形で伝えて感じ方を変える道を並べています。
感じ方を変えてみると行動も大きく変わり、もっと良い結果が引き出されます。
『カモメになったペンギン』(電子書籍版)
推進担当は、つい資料と数字で説得しようとします。それも必要です。ただ、物語を読むと、ペンギンたちが動き出すのは理屈に納得した瞬間だけではないことが分かります。目で見て「これはまずい」と感じた瞬間にも、群れは動きます。
読みどころ:反対に回るペンギンとどう向き合うか
一番面白いのは、危機がはっきりしていても、現状維持のために反対に回る勢力が出てくるところです。氷山が崩れかけているのに、「今までどおりで問題ない」と言うペンギンがいます。
これは、新しいツールや働き方を広めようとしたときに職場で起きることとよく似ています。物語の中心は、そうした反対の中で、新しいビジョンを示し、仲間を少しずつ増やし、群れ全体の行動を変えていく立ち回りです。誰に先に声をかけるのか。反対する者をどう扱うのか。どこで小さな成果を見せるのか。読みながら「自分ならどうするか」を考えると、ただの寓話では終わりません。
反対する人の背景をタイプ別に考えたいときは変革への抵抗はなぜ起きる?、仲間づくりの考え方はチェンジエージェントとは?も参考になります。
多一が物語の中で特に印象に残っているのは、主人公のフレッドが、群れの危機の原因を目に見える形で示すデモンストレーションをして、党首ペンギンを動かし、後ろ盾になってもらう場面です。最初はフレッド一羽だけが抱いていた危機感が、デモンストレーションを見た相手にもそのまま伝わっていく。そこから群れが動き始めます。
良い変化を起こしたいと思った者が、まず自分から動く。小さな成功を一つ作り、それを見せて仲間を増やしていく。雪だるまが小さな芯の玉から少しずつ大きくなっていくような流れで、推進の仕事を始めたばかりのころの手ざわりを思い出させてくれる場面でした。説明で納得させるより先に、相手に「見せる」ことから始めている点も、さきほどの「感じ方を変える」道筋とつながっています。
推進担当のロールプレイとして読む
この本は、読み終えたあとに自分の職場へ置き換えて話し合う、予行演習の台本として使えます。本書自身も、読み方を提案しています。8段階のプロセス、ペンギンたちの行動、自分の組織の行動、自分の今後の行動計画の4つについて分析し、読んだ人と話し合ってみる、というものです。話し合う場は堅苦しくなくてよいとも書かれています。
研修プログラムや定例会議の中で、または友人や家族と気軽に語り合ってもよいのです。
『カモメになったペンギン』(電子書籍版)
もう1つ便利なのが、物語の言葉を共通語にできることです。「氷山」や「英雄」メダルのようなペンギンの世界の言葉を使うと、職場の難しい話題でも角を立てずに話しやすくなる、と本書は述べています。
一人で読むときは、次の順番で自分の職場に置き換えてみてください。
- 自分の職場で「崩れかけている氷山」にあたるものを一行で書く
- 物語の主なペンギンを、自分の周りの人に当てはめてみる(反対に回る人も含めて)
- 反対に回るペンギンの言い分を、自分の職場の言葉に書き直す
- 8段階のうち、自分が止まりそうな段階に印をつける
- 印をつけた段階で、ペンギンたちが何をしたかを読み返し、明日できることを1つ決める
多一の体験
推進の仕事をしていると、この本を思い出す場面がよくあります。コッターの8段階を頭の中で確かめたいときも、段階の名前より先に、ペンギンたちの場面が浮かびます。「今は危機意識を高める段階のはずなのに、危機をまだ誰にも目に見える形で見せていない」といった具合に、物語が枠組みを思い出す手がかりになっています。
そのため、推進を始める人に勧める本のリストにも、この1冊を入れています。ADKARやコッターの理論書に進む前に一度目を通しておくと、理論を読んだときに「あの場面のことか」と結びつけやすくなる。何度か勧めてみて、そう感じています。
本書の「感じ方を変える」道筋は、ツールを広める仕事でいつも意識しています。資料の説明や画面を録画した動画で、機能を理解してもらうことはもちろん大切です。ただ、理解だけで終わらせず、推進を担う人たちには実際に動かす場を持ってもらいます。手を動かしながら、このツールを自分の仕事で使うかどうかを、一人ひとりが自分の中で確かめていく。その過程で「自分の仕事ならこう使える」という場面が浮かび、ツールが自分事になっていきます。その使い方を自分なりのシナリオとして描け、心の中で本当に良いものだと感じられたとき、人は自分の言葉で周りに語り始めます。担当の人たちがそこまで腹落ちすることを、常に目指しています。
この1冊を入口に、次の一歩へ
この本は、変革の流れを物語でつかむための入口です。読み終えて「もう少し知りたい」と感じたら、それが次に進む合図だと思います。現場で使うには、段階ごとの進め方や、つまずいたときの手当てを、理論書や実務の記事で補っていきます。たとえば、8段階を現場で使うときのつまずきはコッターの8ステップ(変革の8段階)とは?変革プロセスを現場で使う方法、一人ひとりの変化を支える考え方はADKARモデルとは?、変革全体の基本はチェンジマネジメントとは?でまとめています。8段階の原典を読みたい人は、コッター氏自身の理論書『企業変革力』に進んでみてください。
生成AIを「反対するペンギン」役にする
生成AIに反対する同僚の役を演じてもらうと、物語で見た場面を、自分の職場の言葉で一度試せます。自分は推進担当として答え、最後にAIに振り返ってもらいます。
あなたは、私の職場で新しい取り組みに反対している同僚の役です。取り組みの内容:[例:チームの議事録づくりに生成AIを使う]反対している理由の候補:[例:今のやり方で困っていない/情報漏えいが心配/覚える時間がない]次のルールで会話してください。・最初に、反対の理由を一つだけ、職場で実際に言いそうな口調で述べる・私の返答に納得できなければ、遠慮せず反論する・5往復したら役を降りて、私の説明のうち「データで考え方に訴えた部分」と「体験や実物で感じ方に訴えた部分」を分けて振り返り、足りなかった方を指摘する
振り返りで「考え方」と「感じ方」を分けてもらうと、自分の説明がどちらに偏りやすいかが見えてきます。資料と数字ばかりで押していたと気づいたら、次は実物を見せる一手を足してみます。
どんな人に勧めるか
一番勧めたいのは、推進担当や変革チームに入ったばかりで、チェンジマネジメントの最初の一歩を探している人です。ADKARやコッターの理論書に入る前の1冊として読むと、そのあとの理論が頭に入りやすくなります。8段階は知っているけれど、人の動きがつかめないという人にも向いています。
まとめ
- 『カモメになったペンギン』は、コッターの8段階を、反対もあるペンギンの群れの物語で体験できる本です
- 理論パートでは、八段階のプロセスと、考え方と感じ方の2つの道筋が示されています
- 登場ペンギンを自分の職場に置き換えて読むと、推進担当の予行演習になります
「今のままでいい」と言う人が目の前に現れたら、その人は物語のどのペンギンに近いかを考えてみてください。群れがその相手にどう向き合ったかが、次の一手を考える手がかりになります。
8段階の中身はコッターの8ステップ(変革の8段階)とは?変革プロセスを現場で使う方法、変化を受け止める人の心の動きはブリッジズのトランジション理論、関係者の整理はステークホルダー分析とは?で書いています。
参考文献
ジョン・P・コッター、ホルガー・ラスゲバー著、藤原和博訳『カモメになったペンギン』ダイヤモンド社、2007年(電子版は2017年)




