新しい経費精算の仕組みの説明会。担当者は、画面の操作手順から丁寧に話し始めました。30分の説明が終わって手が挙がり、出た質問は一つだけでした。「そもそも、なぜ今変えるんですか」。
変革の説明では、こうしたことがよく起きます。話し手は「何を変えるか」と「どう変えるか」を伝えることに力を注ぎ、聞き手は「なぜ」がわからないまま座っています。イギリスに生まれ、アメリカを拠点に書籍と講演で活動するサイモン・シネック氏が示したゴールデンサークルは、この順番を逆にして、「なぜ」から語るための枠組みです。
ただ、Whyを先に話すのは順番の工夫にすぎません。本当に手こずるのは、そのWhyを聞き手の仕事の言葉で一文にするところです。この記事では、説明会の原稿を実際に書き換えながら、その一文の作り方と確かめ方を扱います。
操作や手順(What)から入る前に、この変革で何を大切にしたいのか(Why)を、聞き手の仕事の言葉で一文にして最初に置きます。「効率化」「DX」と書いたら、まだWhyになっていません。書いたWhyで、続くHowとWhatの一つひとつに「だからこうする」と言えるかを確かめます。
ゴールデンサークルとは
ゴールデンサークルは、伝えることをWhy(なぜやるのか)、How(どうやるのか)、What(何をするのか)の3層に分け、内側のWhyから話す考え方です。シネック氏の2009年のTEDxでの講演「How Great Leaders Inspire Action」で広く知られるようになり、同じ年に出た著書『Start with Why』(邦訳『WHYから始めよ!』栗木さつき訳、日本経済新聞出版社、2012年)で詳しく論じられました。
同氏は、人を動かすリーダーや組織に共通するのは、「何をするか」より先に「なぜするのか」から考え、行動し、伝えている点だと述べています。
Why・How・Whatの3つの層

| 層 | 問い | 変革の説明でいうと |
|---|---|---|
| Why | なぜやるのか。何を大切にしているのか | この変革で、私たちは何を実現したいのか |
| How | どうやるのか。どんな進め方や工夫で実現するのか | どんな考え方や手順で進めるのか |
| What | 何をするのか。具体的な行動や成果物 | いつから、何が、どう変わるのか |
シネック氏は、多くの組織は外側のWhatから話し始め、Whyは最後に付け足すか、語らないままにしていると指摘しました。そして、人の心を動かすのは、内側のWhyから外側へ向かう順番だとしています。
この順番が人を動かす理由を、同氏は脳の仕組みにたとえて説明しています。脳の話には深入りせず、ここでは説明の組み立て方として使います。
変革の説明が「What」から始まりやすい理由
変革の説明がWhatから始まりやすいのは、話し手がWhatの準備に追われ、Whyは言わなくてもわかると思い込み、しかもWhyを言葉にするのが難しいからです。シネック氏の議論からは外れますが、変革の説明がWhatから始まりやすいのには、次のような事情があると当ブログは考えています。
- 話し手がWhatの準備に追われている:新しい仕組みの導入では、操作手順や日程を決めることに多くの時間がかかります。説明の資料も、その準備の順番どおりに作られがちです。
- Whyは「言わなくてもわかる」と思われている:推進側は何か月も議論してきたため、理由は当たり前に感じています。けれども、聞き手にとっては初めて聞く話です。
- Whyを言葉にするのが難しい:「効率化のため」「DXのため」と言うことはできても、聞き手の仕事にとって何が良くなるのかを一文で言うのは、意外と難しいものです。
説明の順番を比べる
同じ中身でも、話す順番を変えると、聞き手の受け止め方が変わります。よくある説明の順番と、ゴールデンサークルの順番を、図で並べてみます。

Whatから始めると、聞き手は「また新しいことを覚えなければならない」と身構えたまま、手順を聞くことになります。Whyから始めると、手順の一つひとつが「その目的のためのもの」として耳に入るようになります。
なお、変革の必要性そのものを、危機感をあおらずにどう共有するかについては、別に危機感は煽らずに伝える:変革の必要性を共有するコミュニケーションという記事があります。ここでは、その必要性も含めた説明全体を、どの順番で組み立てるかに話を絞ります。どちらも、チェンジマネジメントのなかで「変革をどう伝えるか」を受け持つ話題です。
例:説明会の冒頭を書き換える
冒頭の経費精算の説明会を例に、説明の冒頭をWhatから始めた原稿と、Whyから始めた原稿を並べます。
書き換える前(Whatから始める)
来月1日から、経費精算は新しいシステムで行います。申請はスマートフォンから入力し、領収書は写真で添付してください。上長の承認もシステム上で行います。操作手順はこのあと画面でご説明します。
書き換えた後(Whyから始める)
月末になると、みなさんの多くが、領収書を探して台紙に貼り、押印をもらうために上長の席を回っています。私たちは、この時間を、お客さまや自分の仕事に使える時間に戻したいと考えました。(Why)
そのために、申請から承認までを、紙を使わず、その場で終えられる形に変えます。(How)
来月1日から、経費精算は新しいシステムで行います。申請はスマートフォンから入力し、領収書は写真で添付します。上長の承認もシステム上で行います。(What)
Whyの欄に「効率化のため」と書けば、それで理由を伝えたつもりになっていた時期があります。2つの原稿を並べてみると、書き換えた後のWhyには「効率化」「DX」といった言葉が入っていません。代わりに、聞き手が毎月経験している場面と、それが何に変わるのかが書かれています。Whyは、組織の言葉より、聞き手の仕事の言葉で書いたときのほうが届きます。
Whyを書くときの3つの落とし穴
Whyを書くときの落とし穴は、Whyがただの目標や数字になること、WhyだけがWhatやHowとつながっていないこと、推進側のWhyをそのまま聞き手のWhyだと思うことの3つです。どれも、書いた本人はWhyを書いたつもりでいるのが厄介なところです。
Whyが、ただの目標や数字になっている
「業務時間を20%削減するため」は、変革の目標であってWhyではありません。数字は要りますが、それで何を大切にしたいのかが抜けていると、聞き手には「削減される側」の話に聞こえることがあります。数字はHowやWhatの側で示し、Whyには「その先に何があるのか」を書きます。
Whyだけが立派で、WhatやHowとつながっていない
「社員一人ひとりが創造的に働ける会社へ」という言葉を掲げても、続くWhatが「入力項目が増えるシステム」だったら、聞き手は言葉を信じなくなります。ゴールデンサークルは、Whyを飾る技術ではありません。WhyとHow、Whatが一本の筋で通っていることが前提です。
推進側のWhyを、そのまま聞き手のWhyだと思っている
経営層にとってのWhyと、現場にとってのWhyは、同じとは限りません。同じ変革でも、部署によって「何が良くなるのか」の書き方を変えなければならない場合もあります。
Whyの一文を点検する3つのテスト
書いたWhyの一文が使えるかどうかは、次の言い換えテスト、つながりテスト、聞き手テストの3つで確かめられます。
| テスト | 確かめること | うまくいかないときの直し方 |
|---|---|---|
| 言い換えテスト | 「効率化」「改革」「DX」などの言葉を消しても、意味が通じるか | 消した言葉の代わりに、聞き手の具体的な場面を書く |
| つながりテスト | 続くHowとWhatを読んだあと、「だからこうするのか」と言えるか | Whyと関係のないWhatを外すか、Whyを書き直す |
| 聞き手テスト | 説明を聞く人の一人に読んでもらい、自分ごとに感じるか | その人の言葉で言い直してもらい、それを取り入れる |
AI活用のポイント:Whatだけの原稿から、Whyの候補を出させる
手元にある説明資料は、たいていWhatから書かれています。その原稿を生成AIに渡して、Whyの候補を逆算させれば、言葉にしにくいWhyにも下書きができます。原稿を貼る前に、社名や社外秘に当たる部分は削っておきます。
次は、社内の変革について社員に説明するための原稿です。
いまは、何を変えるか(What)と、どう変えるか(How)が中心になっています。
[原稿を貼る]
説明を聞く人:[例 営業部門の社員。外出が多く、月末に経費精算をまとめて行っている]
サイモン・シネックのゴールデンサークルの考え方で、次の順に整理してください。
1. この原稿のWhatとHowを、それぞれ箇条書きで抜き出す
2. そのWhatとHowで実現しようとしていると考えられるWhy(なぜやるのか)の候補を3つ書く。「効率化」「DX」などの言葉は使わず、説明を聞く人の仕事の場面で書く
3. 3つの候補それぞれについて、原稿のWhatとのつながりが弱い点を指摘する
AIが逆算したWhyの候補は、変革を決めた人に見せて「この中に、本当の理由はありますか」と聞きます。どれも違うと言われたら、それ自体が「Whyが共有されていない」というサインです。そのときは、説明会の原稿より先に、推進側でWhyをそろえる話し合いが要ります。
まとめ
ゴールデンサークルは、Why、How、Whatの順に、内側から語る考え方です。順番を入れ替えるだけなら誰でもできます。差がつくのは、聞き手の仕事の言葉で書いたWhyの一文と、そのWhyが続くHowとWhatの一つひとつを説明できているかどうかです。
次に変革の説明をする機会があれば、まず原稿の1行目だけを、Whyの一文に差し替えるところから始められます。
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参照情報
- Simon Sinek, Start with Why: How Great Leaders Inspire Everyone to Take Action, Portfolio, 2009(邦訳:サイモン・シネック『WHYから始めよ! インスパイア型リーダーはここが違う』栗木さつき訳、日本経済新聞出版社、2012年。改訂版あり)
- Simon Sinek, “How Great Leaders Inspire Action,” TEDxPuget Sound, 2009




