「『リーダーシップ』とは、新たな、よりよいことをしたいと思い、それをほかの人たちに一緒にしてもらうことである」。MITスローン経営大学院で組織文化の研究を重ねた組織心理学者のエドガー・シャイン氏は、息子のピーター・シャイン氏との共著『謙虚なリーダーシップ』(電子書籍版)で、リーダーシップをこう定義しています。この定義は、新しい戦略を立てる経営幹部にも、会議の新しい進め方を提案する現場のメンバーにも当てはまる、と同氏は続けます。チェンジマネジメントは、この一文の後半、「ほかの人たちに一緒にしてもらう」ところを、小さな芯から少しずつ形にしていく仕事だといえます。
「チェンジマネジメント」と聞いても、何をする仕事なのか、いまひとつ像が結ばない。説明を読むと、フレームワークの名前がいくつも並んでいて、どれから覚えればいいのか分からない。管理職になったばかりの人や、初めて新しい仕組みの導入を任された人から、よく聞く戸惑いです。
この記事では、用語の前に、二つの絵を使います。坂道を転がりながら大きくなる雪玉と、周りを巻き込みながら大きくなる渦潮です。この記事で答える問いは、次の3つです。
- チェンジマネジメントは、結局のところ何を育て、誰を巻き込む仕事なのか
- よく聞くフレームワークは、雪玉と渦潮のどの場面の話なのか
- 自分の取り組みはいまどこにいて、次に何をすればよいのか
結論:チェンジマネジメントとは、変化を雪玉のように小さな芯から育て、人を渦潮のように中心から少しずつ巻き込んでいく仕事です。雪玉は「変化そのもの」が大きくなる様子を、渦潮は「関わる人」が増えていく様子を表します。どちらも、最初は小さく、途中で勢いがつき、放っておくと溶けたり止まったりします。
チェンジマネジメントを二つの絵で見る
チェンジマネジメントは、雪玉で「変化の育て方」を、渦潮で「人の巻き込み方」を考えると、全体がつかみやすくなります。ここでいうチェンジマネジメントとは、新しい仕組みや方針を入れるだけでなく、そこで働く人が理解し、納得し、使い続ける状態までを設計することです。定義やフレームワークの一覧は、チェンジマネジメントとは?組織変革を成功させる基本と進め方にまとめています。
この記事は、その中身を一枚の絵として思い浮かべられるようにするための入門です。雪玉と渦潮は、どちらも「小さく始まり、回りながら大きくなる」ものです。違いは、大きくなるものが何かにあります。
| 雪玉 | 渦潮 | |
|---|---|---|
| 大きくなるもの | 変化そのもの(新しいやり方、成果) | 関わる人の輪 |
| 始まり | 手で固めた小さな芯 | 中心で回り始めた少数の人 |
| 大きくなる仕組み | 転がるたびに、雪がくっつく | 回る流れが、周りを引き込む |
| 止まるとき | 坂が終わる、日が当たって溶ける | 中心の回転が弱まる |

雪玉で見る:変化は小さな芯から育てる
雪玉のたとえが教えてくれるのは、変化は最初から大きく作るものではなく、小さな芯を固めてから転がして育てるもの、ということです。場面ごとに見ていきます。
芯を固める:最初は手のひらに乗る大きさで
雪玉は、いきなり大きな玉を作ろうとしても崩れます。最初は手で雪を固めた、小さな芯から始めます。変化も同じです。全社に一斉に広げる前に、一つのチームの、一つの業務で、新しいやり方が本当に回るかを確かめます。
この芯が固くないと、転がした途端に割れてしまいます。試してみて、使った人が「これは楽になった」と言える状態が、固い芯の目安です。
坂を選ぶ:どちらへ転がすかを決める
雪玉は、坂がなければ転がりません。そして、坂の向きが転がる方向を決めます。変革でいえば、坂は「なぜ変えるのか」と「どこへ向かうのか」です。理由と行き先がはっきりしないまま押し出すと、雪玉はその場で止まるか、思わぬ方向へ転がっていきます。
ハーバード・ビジネススクールで長くリーダーシップを教えたジョン・コッター氏の変革の8段階でいえば、最初の「危機意識を高める」や「ビジョンと戦略をつくる」が、この坂づくりに重なります(重ねて読んだのは当ブログです)。8段階の中身はコッターの8ステップの記事で解説しています。
転がし続ける:小さな成果に次の雪をつける
雪玉が大きくなるのは、転がるたびに雪がくっつくからです。変革では、小さな成果がその雪にあたります。「この報告書づくりが30分短くなった」という一つの成果を見せると、「それならこちらの業務でも」と次の試みがくっつきます。
8段階の6番目「短期的な成果を生む」と、7番目「成果を活かしてさらに変革を進める」は、この転がし続ける場面に重ねて読めます。コッター氏自身が雪玉にたとえているわけではありませんが、成果を次の変化につなげていく流れは、絵として思い浮かべやすいはずです。
溶けないようにする:日なたに置きっぱなしにしない
大きくなった雪玉も、日なたに置いておけば溶けてしまいます。新しいやり方も、導入して数か月たつと、いつの間にか元のやり方に戻っていることがあります。
実は、チェンジマネジメントにはもともと氷のたとえがあります。ドイツからアメリカに渡り、集団の力学を研究した社会心理学者クルト・レヴィン氏の考え方をもとにした3段階モデルは、変化を「解凍・変革・再凍結」で表します。古いやり方を溶かし、形を変え、もう一度凍らせて固める。雪玉が溶けないように日陰に置き、ときどき雪を足す作業は、この再凍結にあたります。具体的には、評価の項目や会議の進め方、相談窓口など、新しいやり方が当たり前になる仕組みを残すことです。詳しくはレヴィンの3段階モデルの記事を、戻っていないかを確かめる指標は変革の成果をどう測る?をご覧ください。
渦潮で見る:人は中心から順に巻き込まれていく
渦潮のたとえが教えてくれるのは、人を巻き込む力は、外から引っ張ることではなく、中心で回り続ける動きから生まれる、ということです。いわゆる巻き込み力も、この絵で考えると分かりやすくなります。
中心で回る:推進役が回り続ける
渦潮は、中心で水が回り始めるところから生まれます。変革の中心にいるのは、推進役と、最初に一緒に試してくれる数人です。中心の回転が止まれば、渦潮はすぐに消えます。推進役が「導入しました、あとはお願いします」と手を離した途端に動きが止まるのは、このためです。
中心で回る人の選び方と支え方は、チェンジエージェントとは?役割と選び方、支え方で詳しく書いています。最初に一緒に試してくれる人をどう迎えるかは、最初のフォロワーが変革を動かすで取り上げました。
近くから順に回り出す:外側ほどゆっくり
渦潮は、中心に近いところほど速く回り、外側ほどゆっくり回ります。人の巻き込まれ方も似ています。新しいものに関心の高い人はすぐに回り始め、慎重な人は、周りが回っているのを見てから、ゆっくり動き出します。
新しいアイデアが社会に広がる過程を研究したアメリカの社会学者、エベレット・ロジャーズ氏のイノベーター理論は、新しいものを採用する時期の早い順に、人々をイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードの5つに分けました。渦潮の内側から外側への広がりは、この順番に重ねて読めます(重ねたのは当ブログです)。外側の人の動きが遅いのは、怠けているからではなく、その人にとって必要な順番だから、と考えると、打ち手も変わります。いまどのあたりまで広がっているかの見立て方は、イノベーター理論の記事で紹介しています。
流れをつなぐ:中心と外側のあいだにいる人
大きな渦潮では、中心の回転が、間にある水を通して外側に伝わります。組織でその役を担うことが多いのが、ミドルマネージャーです。推進役の話をそのまま伝えるのではなく、自分のチームの言葉に直して回してくれる人がいると、渦潮は外側まで届きます。
誰が中心に近く、誰が外側にいるかを書き出すには、ステークホルダー分析が使えます。ミドルの役割は、ミドルマネージャーが変革の要になる理由と、支える仕組みで取り上げています。
例:一つのチームの雪玉が、隣の部署の渦潮になるまで
雪玉が順調に転がっていても、渦潮の外側にいる人の速さは別に確かめる必要があります。ある部署で、会議の議事録づくりに生成AIを使う試みが始まった様子を、雪玉と渦潮の場面に分けて追います。
芯:一つのチームの、週1回の定例会議だけ
最初は、5人のチームの定例会議の議事録だけで試しました。全部の会議で使おうとすると、手順もルールも決めきれないと考えたからです。2週間ほどで、議事録を書く担当の負担が少し減ったという声が出て、芯が固まりました。
転がる:成果が別の業務を呼ぶ
「議事録が楽になったなら、週報の下書きにも」と、チームの中で次の試みがくっつき始めました。推進役がしたのは、うまくいった使い方を共有のページに短く書き残すことくらいです。
渦潮:隣の部署から「どうやっているの」と聞かれる
チームの一人が、隣の部署の知り合いに使い方を話したことから、問い合わせが来るようになりました。ここで、勢いに乗って部署全体の会議で一斉に使ってもらおうとしたところ、慎重な人たちから「録音されるのは困る」「間違った要約がそのまま残るのでは」という声が上がりました。全体への展開をいったん止め、希望した会議から使ってもらう形に戻すと、反発は少し落ち着きました。
振り返ると、雪玉が転がり始めたことに気をよくして、渦潮の外側にいる人の速さを考えていなかったのだと思います。広がり方が速いことと、人が安心して加われることは、別のことでした。
運営者が見てきた雪玉と渦潮
運営者が見てきた現場でも、組織全体が一気に変わったことは、ほとんどありませんでした。よくあったのは、どこかに小さな芯や核ができ、そこから少しずつ変化が大きくなっていく形です。反対に、芯や核がないままだと、いつまでたっても、ADKARモデルでいう認識(Awareness)と意欲(Desire)への働きかけにすら進めませんでした。
診断:いまの取り組みは雪玉と渦潮のどこにいる?
7つの問いに「はい」か「まだ」で答えると、いまの取り組みが雪玉と渦潮のどの場面にいるかと、次に打つ手が分かります。問いは、この記事の雪玉の4つの場面と、渦潮の中心・外側・つなぐ人に対応しています。
雪玉と渦潮の診断(7問)
7つの問いに「はい」か「まだ」で答えると、雪玉と渦潮のどこにいるかと、次に読むとよい記事が分かります。
雪玉を転がし、渦潮を起こす6つの手順
始めるときは、芯と坂を決め、中心で回る人をそろえてから、外側の速さに合わせて広げていきます。
- 芯を一つに絞る:最初に変えるのは、一つのチームの一つの業務にする
- 坂の向きを一文にする:「なぜ変えるのか」「何が楽になるのか」を、現場の言葉で一文に書く
- 中心で回る人を2〜3人決める:推進役一人で回さず、最初に一緒に試してくれる人をそろえる
- 成果を見える所に置く:小さな成果を、数字や一言の感想で共有のページや会議に出す
- 外側の人の速さを聞く:広げる前に、まだ使っていない人の心配ごとを聞き、急がせない
- 溶けない仕組みを残す:会議の進め方や評価、相談先など、元に戻らない仕組みを一つ決める
AI活用のポイント:いまの変革を雪玉と渦潮で点検する
自分の取り組みが雪玉のどの場面にいて、渦潮がどこまで広がっているかは、生成AIに整理してもらうと、自分の見立てと比べやすくなります。社名や部署名、人の名前は入れず、「Aチーム」「隣の部署」のような言い方にしてください。
職場で新しいやり方を広めています。チェンジマネジメントを「雪玉」と「渦潮」のたとえで点検したいので、手伝ってください。いまの状況:[例 1チームで議事録づくりに生成AIを使い始めて1か月。隣の部署から問い合わせがある]次の順で答えてください。1. 雪玉の4つの場面(芯を固める・坂を選ぶ・転がし続ける・溶けないようにする)のうち、いまどこにいるか2. 渦潮の中心、近く、外側にいそうな人は、それぞれどんな立場の人か3. 勢いがつきすぎて、置き去りになりそうな人はいないか4. 次の2週間でやるとよいことを1つだけ
答えは、自分の見立てと比べるための材料として使います。特に3番目は、実際にその立場の人に話を聞いて確かめてください。
チェックリスト
- 最初に変える範囲を、一つのチームの一つの業務に絞っている
- なぜ変えるのかを、現場の言葉で一文にできる
- 中心で一緒に回ってくれる人が、自分以外に2人以上いる
- 小さな成果を、周りから見える場所で共有している
- まだ使っていない人の心配ごとを、直接聞いたことがある
- 勢いのままに全体へ広げる前に、立ち止まって確かめる時期を決めている
- 新しいやり方が元に戻らない仕組みを、一つ以上残している
まとめ
- チェンジマネジメントは、変化を雪玉のように小さな芯から育て、人を渦潮のように中心から巻き込んでいく仕事です。
- 雪玉は芯・坂・転がし続ける・溶けないようにする、渦潮は中心・外側の速さ・つなぐ人で考えると、打ち手が見えます。
- 勢いがついたときこそ、外側にいる人の速さに合わせて広げることが、変化を定着させる近道です。
冒頭のシャイン氏の言葉に戻ると、「ほかの人たちに一緒にしてもらう」は、号令一つでは起きません。手のひらに乗る小さな芯と、一緒に回ってくれる数人から始めてみてください。
フレームワークを順に学びたくなったらチェンジマネジメントとは?が、推進担当として読む順番を知りたいときは推進担当になったら最初に読むページが入口になります。号令に頼らずに人を動かす別の方法は、仕掛学で人を動かすで紹介しています。
参考文献
- Edgar H. Schein and Peter A. Schein, Humble Leadership: The Power of Relationships, Openness, and Trust, Berrett-Koehler, 2018(邦訳:エドガー・H・シャイン、ピーター・A・シャイン『謙虚なリーダーシップ』野津智子訳、英治出版、2020年、電子書籍版)
- John P. Kotter, Leading Change, Harvard Business School Press, 1996(邦訳:ジョン・P・コッター『企業変革力』梅津祐良訳、日経BP、2002年)
- Kurt Lewin, “Frontiers in Group Dynamics,” Human Relations, 1(1), 5–41, 1947
- Everett M. Rogers, Diffusion of Innovations, 5th ed., Free Press, 2003(初版 1962年)




