「Aさんは、新しいやり方に乗ってこないんだよね。やる気の問題かな」。振り返りの会議で、こんな一言が出たとします。ところが、Aさんは前の部署では、真っ先に新しいツールを試す人として知られていました。
同じ人が、ある場所では動き、別の場所では動かない。このとき、原因を本人の性格ややる気だけに求めると、打つ手は「本人に言い聞かせる」しか残りません。ドイツで研究を始め、のちにアメリカで集団力学の研究を切り開いた社会心理学者、クルト・レヴィン氏の場の理論は、ここにもう一つの見方を差し出します。行動は、人と環境の組み合わせで決まる、という見方です。
場の理論は、人の行動を、その人自身(P)と、その人を取り巻く環境(E)の組み合わせとしてとらえる考え方です。レヴィン氏はこれをB=f(P,E)と書きました。ここでいう環境は、誰が見ても同じ職場というより、その人に見えている環境のことです。誰かが動かないときは、本人を変えようとする前に、その人から何が見えているかを確かめてみてください。打てる手が増えます。
場の理論とは
場の理論は、人の行動を、その人がその時点で置かれている「場」全体の中で説明しようとする、レヴィン氏の考え方です。1890年生まれの同氏は、1930年代にアメリカへ渡り、1947年に亡くなるまで研究を続けました。集団力学(グループ・ダイナミクス)の研究や、変革の3段階モデルでも知られています。
1936年の著書『Principles of Topological Psychology』では、この考えを、行動(Behavior)は人(Person)と環境(Environment)の関数である、という式で示したとされます。
同氏の没後、1951年には、場の理論に関する論文を、集団力学の研究を引き継いだ社会心理学者ドーウィン・カートライト氏が編んだ『Field Theory in Social Science』が出版されました。日本語では、ちとせプレスの『社会的葛藤の解決と社会科学における場の理論』の第2巻(猪股佐登留訳、2017年)で読むことができます。
B=f(P,E)の読み方
B=f(P,E)は、「行動(B)は、人(P)と環境(E)の組み合わせで決まる」と読みます。式といっても、数字を入れて計算するためのものではありません。行動を何が決めているのかを、短く言い表すための書き方です。
| 記号 | 意味 | 職場で見ると |
|---|---|---|
| B(Behavior) | 行動 | 新しいツールを使う、会議で発言する、相談に来る |
| P(Person) | その人 | 経験、知識、得意なこと、そのときの気持ち |
| E(Environment) | その人を取り巻く環境 | 上司や同僚との関係、評価の仕組み、手順、使える時間 |
| f(function) | 関数(組み合わせで決まる) | PとEのどちらか一方ではなく、両方が組み合わさって行動が決まる |

この式から読み取れるのは、行動を変える道は一つではない、ということです。同じ人でも、環境が変われば、行動は変わりえます。冒頭のAさんが前の部署で新しいツールを試していたのは、Aさんの性格だけでなく、前の部署の環境があってのことだったのかもしれません。
環境は「その人に見えている環境」
場の理論で見落とされやすいのは、ここでいう環境が、誰が見ても同じ客観的な環境ではないという点です。レヴィン氏は、ある時点でその人の行動を決めている、人と心理的な環境の全体を「生活空間(life space)」と呼びました。
たとえば、同じ部署に新しい申請システムが入ったとします。仕組みは同じでも、Aさんには「入力が早く済み、時間が浮く道具」に見え、Bさんには「入力を間違えると差し戻される、気の抜けない仕組み」に見えている。こうしたことは、職場でよく起きます。

2人の行動の違いは、システムの違いではなく、2人に見えている環境の違いから生まれています。だから、Bさんにシステムの使い方をもう一度説明しても、それで行動が変わるとは限りません。Bさんに必要なのは、使い方の知識より、「間違えても大丈夫だ」と見えるような環境の手当てかもしれません。
過去より「いま、この場」を見る
レヴィン氏は、行動を説明するときに、その時点の場を重視しました。過去の経験が行動に影響しないという意味ではありません。過去の経験は、いまの場の中に、記憶や予想、気持ちとして残っているかぎりで、行動に影響すると考えたのです。
仕事の場面に引き寄せていえば、「あの人は昔からああだから」で話を終えず、「いま、あの人からは何が見えているのか」を問い直す、ということです。昔の失敗で叱られた記憶が、いまも「差し戻しが怖い」という形で残っているなら、それはいまの場の一部として手を打てます。
力の場の分析との関係
レヴィンの名前とともによく知られる「力の場の分析」も、この場の理論から生まれた道具です。いまの状態を、変化へ向かわせる力と、それを引き止める力とが押し合った結果として見る考え方で、組織の変革を考えるときに使われます。レヴィン氏がチェンジマネジメントとは何かを考えるうえで源流の一人に数えられるのも、こうした道具や変革の3段階モデルを残したからです。力の場の分析と3段階モデルを実務でどう使うかは、レヴィンの3段階モデル(解凍・変革・再凍結)を今の組織で使うにはにまとめてあります。
この記事では、その手前にある、一人ひとりの行動の見方に絞ります。
なぜ、つい「人のせい」にしてしまうのか
社会心理学では、他人の行動の原因を、状況よりも本人の性格や態度に求めすぎる傾向が知られており、「根本的な帰属の誤り」と呼ばれています。場の理論の見方がわかっていても、私たちはつい、他人の行動を本人の性格で説明しがちです。
帰属の研究が直接示していることではありませんが、職場で「人のせい」にしやすいのは、環境の多くが、説明する側には当たり前すぎて見えないからだと当ブログは見ています。評価の仕組みや手順、上司の何気ない一言は、つくった側や慣れた側にとっては背景にすぎません。けれども、その中で動く人にとっては、行動を決める大きな要素になっています。
例:振り返りの言葉を、P×Eで言い直す
人だけで説明した言葉に環境を書き足すと、打ち手の数が変わります。新しい日報ツールを入れて数か月たったチームの振り返りで、次のような言葉が出たことがあります。元の言葉の右に、同じ場面を人と環境の両方で言い直した文と、環境の側で試せることを置くと、こうなります。
| 人だけで説明した言葉 | 人と環境で言い直すと | 環境の側で試せること |
|---|---|---|
| Cさんはやる気がない | Cさんは、日報を書く時間が夕方の会議と重なり、後回しになっている | 日報の締め時刻を翌朝に変える |
| Dさんは新しいことが苦手 | Dさんは、書き方を間違えると上司に直されると感じ、書く前に手が止まっている | 上司が「下書きでよい」と最初に伝える |
| Eさんは協力的でない | Eさんは、日報を書いても誰も読んでいないように見えている | 週に一度、読んだ人が一言返す |
こうした言葉を耳にすると、以前は、本人とどう話すかばかり考えていました。言い直してみると、打ち手は「本人を説得する」だけでなく「環境の一部を変える」にも広がります。もちろん、環境を変えても行動が変わらないこともあります。そのときは、本人の知識や気持ちの側を見直します。Pだけを見れば説得しか残らず、Eだけを見れば本人の声を聞き落とします。両方を行き来するところに、場の理論の使いどころがあります。
誰かが動かないときの3つの問い
誰かが動かないとき、最初に変えるのは相手ではなく、問いの順番です。本人への働きかけは最後に回し、次の順に考えます。
- その人から、この場面はどう見えているか:同じ仕組みでも、その人には別の意味を持って見えていないかを考えます。
- その行動を後押しするものと、止めているものは何か:時間、評価、手順、人間関係のうち、何がその人の行動に効いているかを書き出します。
- 環境の側で、明日一つ変えられることは何か:本人に求める前に、締め時刻、伝え方、置き場所など、小さく変えられることを一つ選びます。
場の理論は、仕事のどんな場面で使える?
人の行動が「思っていたのと違う」と感じる場面なら、どこでも使えます。ここでは、立場ごとに出会いやすい3つの場面を取り上げます。
1on1や評価面談で(管理職)
面談で「もう少し主体的に」と伝えたくなったら、その前に、相手から職場がどう見えているかを一つだけ聞いてみます。たとえば「いま、いちばん時間を取られているのは何?」。返ってきた答えが、その人にとっての環境(E)です。主体性の話は、そのあとでも遅くありません。評価のコメントを書いたときも、成果が出なかった理由を本人の努力だけで説明していないか、一度読み返してみてください。
異動や中途入社のあとで(人事・受け入れる側)
前の職場で活躍していた人が、異動先でなかなか力を出せないことがあります。冒頭のAさんと同じ形です。本人の力(P)は変わっていないのに、相談できる相手、暗黙のルール、使える道具(E)が丸ごと入れ替わっています。受け入れの最初の数週間は、本人を評価するより先に、「誰に聞けばいいか」「何を見ればいいか」が本人に見える状態をつくります。
新しいツールを広めるとき(導入の担当)
説明会のあと、使う人と使わない人に分かれたら、使わない人の知識不足を疑う前に、その人の机まわりを想像してみます。ツールを開く時間はあるか。使ったことを誰かが見てくれるか。前のやり方のほうが評価されやすくないか。答えが環境の側にあれば、説明会を重ねても動きは変わりません。チーム全体の進め方として組み立てるときは、レヴィンの3段階モデルの記事に、立場ごとの最初の一手をまとめています。
AI活用のポイント:言い直しの下書きを作る
生成AIには、答えを出させるより、「人のせい」の文を環境の言葉に言い直す下書きを任せるのが向いています。「やる気がない」「苦手」といった言葉は、書いた本人には自然に見えるため、自分では言い直しにくいものです。場の理論の見方で候補を出してもらうと、環境の側へ目を向けるきっかけになります。入力する前に、名前や部署など、誰のことか分かる手がかりは消しておきましょう。
次の文は、職場の振り返りで出た、ある人の行動についての説明です。[例 Dさんは新しいことが苦手で、日報ツールを使わない]レヴィンの場の理論(行動は人と環境の組み合わせで決まる)の見方で、次の順に整理してください。1. この文が、人の側だけで説明している部分を指摘する2. その人から見えていそうな環境を、時間・評価・手順・人間関係の観点で3つ推測する3. 推測ごとに、環境の側で試せる小さな変更を1つずつ提案する推測は推測と分かるように書き、本人に確かめるための質問も2つ添えてください。
添えられた2つの質問は、次に本人と話すときに使います。本人の答えがAIの見立てと違っていたら、本人の答えに合わせて、環境の側で試すことを選び直します。
まとめ
冒頭のAさんが動かなかったのは、やる気が消えたからではなく、見えている場が変わったからかもしれません。場の理論は、行動を人と環境の組み合わせで見る考え方です。環境とは、その人に見えている環境であり、過去の経験も、いまの場の中に残っているかぎりで行動に影響します。誰かの行動を変えたいときは、本人に言い聞かせるより先に、環境の側で変えられることを探します。
次に誰かの行動に首をかしげたら、その人の席から職場がどう見えているかを、一度だけ想像してみてください。
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参照情報
- Kurt Lewin, Principles of Topological Psychology, McGraw-Hill, 1936
- Kurt Lewin, Field Theory in Social Science: Selected Theoretical Papers, edited by Dorwin Cartwright, Harper & Brothers, 1951(邦訳:クルト・レヴィン著、ドーウィン・カートライト編『社会的葛藤の解決と社会科学における場の理論 2』猪股佐登留訳、ちとせプレス、2017年)




