病院の会議室に、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、医療ソーシャルワーカーが集まっています。話し合っているのは、来週退院する一人の患者が、家に帰ってからどう暮らすかです。職種も、見ているものも違う人たちが、一人の暮らしという同じ一点を見ながら、それぞれの持ち場から意見を出しています。
同じ時刻、ある会社の会議室では、営業、法務、情報システムの担当者が、新しいサービスの申込み画面について話し合っています。けれども、話はなかなか進みません。それぞれが自分の部署の事情を説明し、相手の部署に「それは無理です」と返す。会議が終わっても、誰のために何を決めたのかがはっきりしない。会議の最後に決まるのは、次の会議の日程だけです。
2つの会議の差は、参加者の能力ではありません。病院の会議には真ん中に一人の患者がいて、会社の会議には誰もいない。差はそこにあります。医療や福祉の現場では、専門の違う人が協働することを「多職種連携」と呼び、その進め方が長く研究され、教育にも取り入れられてきました。そこから、部署や職種の垣根を越えた協働に借りられる知恵を3つ紹介します。
多職種連携から借りられるのは、協働の真ん中に「誰のために」を置くこと、自分の役割を相手に分かる言葉で説明すること、伝え方の型をそろえることの3つです。いちばん効くのは1つ目です。真ん中が空いたままだと、残り2つを整えても話は前に進みません。
多職種連携とは
多職種連携は、英語ではinterprofessional work(IPW)やinterprofessional collaborationなどと呼ばれ、異なる専門職が、患者や利用者のために協働することを指します。世界保健機関(WHO)は2010年に「専門職連携教育と連携実践のための行動の枠組み」を公表し、専門職連携教育を、2つ以上の職種の学生が、互いについて、互いから、互いと共に学ぶこととしています。
協働の力を身につけるための目安として知られるのが、米国の専門職連携教育の団体IPEC(Interprofessional Education Collaborative)がまとめたコア・コンピテンシーです。2011年に最初の版が示され、2016年と2023年に改訂されました。2023年の版は、次の4つの領域で構成されています。

4つの領域は、医療の外、たとえば会社の部署横断の協働にも、そのまま問いとして持ち込める。これが当ブログの読みです。
| IPECの領域 | 医療での中身(要約) | 部署横断の協働でいえば |
|---|---|---|
| 価値観と倫理 | 患者を中心に置き、ほかの職種を尊重して働く | 成果を受け取る人を真ん中に置き、ほかの部署の専門を尊重する |
| 役割と責任 | 自分とほかの職種の役割を理解し、説明できる | 自分の部署ができること、できないことを相手に説明できる |
| コミュニケーション | 患者や家族、ほかの職種と、相手に応じた伝え方で話す | 専門用語を外し、相手の部署に伝わる型で依頼や報告をする |
| チームとチームワーク | チームの力を生かして、ケアを計画し、届け、振り返る | 会議で決めたことを実行し、振り返りまで一緒にやる |
学び1:協働の真ん中に「誰のために」を置く
協働の真ん中に「誰のために」を置くと、見ている部分が違う人どうしでも、意見の違いを話し合いに変えられます。医療の多職種連携では、患者や利用者、その家族を中心に置くことが繰り返し強調されます。職種ごとに見ている部分は違っても、一人の患者の回復や暮らしという共通の目的があるからです。
部署横断の会議がうまくいかないとき、多くの場合、この真ん中が空いています。営業は売上を、法務はリスクを、情報システムは安定稼働を守ろうとするのは、どれも正しい仕事です。けれども、真ん中に誰もいないと、それぞれの正しさがぶつかるだけになります。
部署横断の会議は、各部署の言い分を順に聞いて折り合いどころを探せば前に進む、と長く考えていました。振り返ると、足りなかったのは折り合いのつけ方ではなく、成果を受け取る人の姿のほうでした。冒頭の会議に、申込み画面を実際に使う顧客を置いてみると、話し合いの向きが少しずつ変わり始めます。表は、3つの部署がそれぞれ気にしていたことと、顧客を真ん中に置いたときの問いを並べたものです。
| 気にしていること | 真ん中に顧客を置いたときの問い | |
|---|---|---|
| 営業 | 申込みの途中でやめる人を減らしたい | 顧客は、どの画面で迷って手が止まっているか |
| 法務 | 利用規約への同意を確実に取りたい | 顧客が、規約の大事な点を読んだうえで同意できる見せ方はどれか |
| 情報システム | 改修の範囲を小さくし、障害を出したくない | 顧客の困りごとを解くのに、最小限どこを変えればよいか |
問いの主語が「自部署」から「顧客」に移ると、ほかの部署の心配ごとも、同じ顧客を守るための条件として、少しずつ扱いやすくなっていきます。
学び2:自分の役割を、相手に分かる言葉で説明する
IPECの「役割と責任」の領域が求めているのは、自分の専門を深めることだけでなく、自分の職種が何をできて、何ができないのかを、ほかの職種に説明できることです。たとえば薬剤師が、薬の飲み合わせについては責任を持って判断できるが、患者の家の段差の様子は分からない、と伝えられれば、理学療法士やソーシャルワーカーが、その空白を埋められます。
部署横断のプロジェクトの初回は、各部署の担当者に次の3行で自己紹介してもらうところから入ります。医療の型をそのまま持ち込んだものではありません。そこから当ブログが組み立てた進め方です。
- この案件で、私の部署が責任を持って判断できること
- 私の部署では判断できないこと、ほかの部署に頼りたいこと
- 私の部署が判断するために、ほかの部署から必要な情報
「できないこと」を最初に言葉にしておくと、あとから「それはうちの仕事ではありません」と言い合う場面が減ります。相手の部署の専門用語が分からなければ、その場で聞いてよい、と決めておきます。
学び3:伝え方の型をそろえる
伝え方の型をそろえると、受け手は何がどこに書いてあるかを探さずに済みます。医療の現場で、職種を越えて情報を伝える型として広く使われているのが、SBAR(エスバー)です。状況(Situation)、背景(Background)、評価(Assessment)、提案(Recommendation)の頭文字をとったもので、もともとは米海軍の原子力潜水艦で使われていた伝え方を、米国の医療機関カイザー・パーマネンテの医師らが医療向けに取り入れたとされています。

とくに「評価」と「提案」を分けて書くことで、「自分はこう見ている」と「あなたにこれをしてほしい」が混ざらなくなります。冒頭の会議の続きで、営業が法務に送る依頼をこの型で書くと、たとえば次のようになります。
| 要素 | 営業から法務への依頼 |
|---|---|
| S 状況 | 新しい申込み画面で、利用規約の同意欄で手が止まる顧客が多く、申込みの途中でやめる人の4割がこの画面で離れています |
| B 背景 | 現在は規約の全文を画面に表示し、最後までスクロールしないと同意できない作りです |
| A 評価 | 顧客は規約を読んでいるのではなく、長さに驚いてやめているように見えます |
| R 提案 | 大事な点を3つだけ先に示し、全文は別画面で読める形にしたいと考えています。法的に問題がないか、来週の打ち合わせまでにご意見をいただけますか |
同じ依頼を「規約の画面、もっと短くできませんか」と一言で送った場合と比べると、法務の担当者は、何を判断すればよいのか、いつまでに返せばよいのかを、前より読み取りやすくなります。
部署横断のキックオフで交わしたい5つの問い
キックオフでは、成果を受け取る人、成功の姿、各部署が判断できる範囲、やりとりの型、振り返りの5つを問いとして交わします。3つの学びを、最初の打ち合わせで使える問いに直しました(問いの選び方は当ブログによるものです)。
- この取り組みの成果を受け取るのは、誰ですか
- その人にとって、何が変われば成功といえますか
- 各部署が責任を持って判断できること、できないことは何ですか
- 依頼や報告は、どの型でやりとりしますか
- いつ、誰と、何を振り返りますか
部署の間で、同じ言葉が違う意味で使われていたり、利害がぶつかったりして、話が通じないこともあります。そうした境界にも浅い深いがあり、深さに応じた進め方を越境学習から戻ったあとが本番:学びを職場に持ち帰る難しさと3つの進め方の中で3つに分けて紹介しました。
医療以外の現場でも、固定したチームの外で、その都度、部署や組織の境界を越えて人が集まり、協働する場面は増えています。ハーバード・ビジネススクールの教授で、心理的安全性の研究でも知られるエイミー・C・エドモンドソン氏は、2012年の『Teaming』(邦訳『チームが機能するとはどういうことか』)で、こうした動的な協働を「チーミング」と呼びました。多職種連携は、その先行例として読むこともできます。
AI活用のポイント:依頼文をSBARに組み直す
他部署への依頼をSBARで書くのは、慣れるまで手間がかかります。書きかけの依頼文を生成AIに渡して、4つの要素に組み直してもらうと、足りない情報が見えてきます。依頼文に社名や顧客名、社外秘の数字が入っているなら、そこを「A社」「○件」のような仮の表記にしてから渡します。
次の依頼文を、別の部署の担当者に送ります。相手は[例 法務部]で、こちらの部署の事情には詳しくありません。
依頼文:
[例 規約の画面、もっと短くできませんか。申込みの途中でやめる人が多くて困っています]
この依頼文を、次の4つの要素に組み直してください。
S 状況:いま何が起きているか
B 背景:なぜそうなっているか
A 評価:こちらはどう見ているか
R 提案:相手に何を、いつまでにしてほしいか
依頼文から読み取れない情報は、推測で埋めずに「(要記入:○○)」と書いてください。
最後に、相手の部署が判断するために、ほかに添えたほうがよい情報を2つ挙げてください。
「要記入」と出た欄が、依頼する側がまだ言葉にしていなかった部分です。そこを埋めてから送るだけで、相手からの問い返しは減ります。
まとめ
多職種連携は、専門の違う人が、患者や利用者という同じ一点を見ながら協働するための考え方です。そこから、協働の真ん中に「誰のために」を置くこと、自分の役割を相手に分かる言葉で説明すること、伝え方の型をそろえることの3つを、部署横断の協働に持ち込めます。
次に他部署へ依頼を送るときは、送信する前に、S、B、A、Rの4行に分けて書き直してみてください。
連載:越境学習とコミュニティ
職場の外で学び、つながりを組織の力にするまでを、12本で順にたどる連載です。
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参照情報
- World Health Organization, Framework for Action on Interprofessional Education and Collaborative Practice, 2010
- Interprofessional Education Collaborative, IPEC Core Competencies for Interprofessional Collaborative Practice: Version 3, 2023
- Amy C. Edmondson, Teaming: How Organizations Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy, Jossey-Bass, 2012(邦訳:エイミー・C・エドモンドソン『チームが機能するとはどういうことか』野津智子訳、英治出版、2014年)




