生成AIの社内展開を話し合う会議で、ある人が「コッターの8段階で計画を立て直そう」と言い、別の人が「その前にADKARで、どこで止まっているかを調べるべきだ」と返す。さらに「レヴィンの解凍から考えたほうがいい」という声も出て、話はモデル選びで止まってしまう。変革のモデルを学んだ人が集まるほど、こうした場面は起こりやすくなります。
4つのモデルは、どれかが正しく、ほかが間違っているわけではありません。迷ったときに決め手にするのはモデルの優劣ではなく、推進チームが「いま答えたい問い」です。当ブログで1本ずつ解説してきた4つのモデルを並べ、チェンジマネジメントのフレームワークの選び方と組み合わせ方を、その問いから組み立て直します。
コッターの8段階は組織全体の進め方、ADKARモデルは一人ひとりの止まりどころ、レヴィンの3段階モデルは変化を引き止める力、ブリッジズのトランジション理論は人の内側で起きる移行を見ます。何から手をつけるかならコッター、研修をしても使われないならADKAR、発信してもやり方が変わらないならレヴィン、仕組みは変わったのに職場の空気が重いならブリッジズ。モデルより先に問いを決めるのが、選び方の順番です。
4つのモデルは、見ている場所が違う
4つのモデルの違いは、変革のどこを見ているかにあります。コッターは組織全体の進め方、ADKARは一人ひとりの変化、レヴィンは集団の行動と、それを動かしたり引き止めたりする力、ブリッジズは一人ひとりの気持ちの移り変わりを見ています。それぞれの記事で紹介した内容を、次の表に並べました。
| モデル | 示した人と年 | 見ている単位 | 中身 | 使うときの勘所 |
|---|---|---|---|---|
| コッターの8段階 | ジョン・P・コッター(1995年の論文、1996年の『Leading Change』) | 組織全体 | 危機意識を高めるところから、新しいやり方を文化に根づかせるまでの8段階 | 前半の3段階(危機意識・推進チーム・ビジョン)を飛ばさない |
| ADKARモデル | ジェフ・ハイアット(Prosci社。2006年の書籍で体系化) | 一人ひとり | 認識・意欲・知識・能力・定着の5要素 | 最初に足りない要素(障壁ポイント)に手を打つ |
| レヴィンの3段階 | クルト・レヴィン(1947年の論文) | 集団の行動基準 | 解凍・変革・再凍結。土台に「力の場」の考え方がある | 推進力を足す前に、引き止める力を弱める |
| ブリッジズのトランジション | ウィリアム・ブリッジズ(1980年の『Transitions』、1991年の『Managing Transitions』) | 一人ひとりの内側 | 終わり・ニュートラルゾーン・新しい始まりの3段階 | 移行は「終わり」から始まる。何を失うかを先に認める |
「使うときの勘所」の列は、それぞれの記事の結論から一つずつ選んだものです。どの記事でも、モデルを順番どおりにこなすこと自体を目的にしない読み方を勧めてきました。コッターの8段階は進行中の変革の健康診断に、レヴィンの3段階は手順ではなく見取り図として使う、という読み方です。
どれを使うかは「いま答えたい問い」で決める
モデルを選ぶときは、推進チームがいま答えを出したい問いを一つ決め、その問いに合うモデルを選びます。問いが変われば、使うモデルも変わります。各記事で扱った困りごとを、当ブログで問いの形に並べ直すと、次のようになります。
| いま答えたい問い | よく聞こえる困りごと | まず使うモデル |
|---|---|---|
| 何から手をつけ、どの順で進めるか | 「計画はあるのに、どこが抜けているか分からない」 | コッターの8段階 |
| 一人ひとりはどこで止まっているか | 「研修をしたのに、使う人が増えない」 | ADKARモデル |
| 何が変化を引き止めているか | 「発信を重ねても、やり方が変わらない」 | レヴィンの3段階(力の場の分析) |
| 人の内側で何が終わり、何を失っているか | 「仕組みは稼働したのに、職場の空気が重い」 | ブリッジズのトランジション |

よくあるつまずきは、問いとモデルがずれていることです。研修をしたのに使われないという困りごとに、8段階の計画を一から作り直しても、止まっている一人ひとりの事情は見えてきません。逆に、推進チームの顔ぶれも決まっていないうちにADKARのアンケートを配っても、結果を受け止めて手を打つ人がいません。
困りごとが複数あるときは、その困りごとが誰の話なのかを考えます。推進チームや経営層の段取りの話ならコッター、現場の一人ひとりの話ならADKARかブリッジズ、職場の仕組みや習慣の話ならレヴィンから始めると、話がまとまりやすくなります。
重ねて読むと、時期ごとの見どころが分かる
4つのモデルは、変革のおおまかな時期に沿って重ねて読むことができます。ただし、段階がぴったり対応するわけではありません。次の表は、理解を助けるために当ブログが整理したものです。
| 時期 | コッター | ADKAR | レヴィン | ブリッジズ |
|---|---|---|---|---|
| 古いやり方を手放す | 1〜3(危機意識、推進チーム、ビジョン) | 認識、意欲 | 解凍 | 終わり |
| 新しいやり方を試す | 4〜6(伝える、障害を取り除く、短期的成果) | 知識、能力 | 変革 | ニュートラルゾーン |
| 当たり前にする | 7〜8(さらに進める、文化に根づかせる) | 定着 | 再凍結 | 新しい始まり |
重ねてみると、同じ時期でも、モデルごとに目を向けている先が違うことが分かります。手放す時期でいえば、コッターは推進チームとビジョンという組織の準備を、ADKARは一人ひとりが変わる理由を知り、変わりたいと思えているかを、レヴィンは変化を引き止めている力を、ブリッジズは誰が何を失うのかを見ています。
推進側の時計と、現場の時計はずれる
重ねて読むときに覚えておきたいのが、ブリッジズの記事で触れた指摘です。計画を作った推進側は、現場より先に「終わり」を済ませています。そのため、組織全体ではコッターの5段階目や6段階目まで進んでいるのに、現場の多くの人はまだニュートラルゾーンにいる、ということが起こります。
このずれは、組織全体の段階を見るコッターだけでは気づきにくく、一人ひとりを見るADKARやブリッジズを重ねると見えてきます。推進チームの定例で「いまコッターの何段階目か」に加えて、「現場の人はどの時期にいそうか」を一言ずつ出し合うだけでも、ずれに気づくきっかけになります。
組み合わせるなら「主に使う1つ」と「確かめる1つ」
実務では、計画の軸にするモデルを1つ決め、人の様子を確かめるモデルを1つ足す組み合わせが扱いやすくなります。4つを同時に持ち込むと、推進チームの中で使う言葉が増えすぎて、話し合いがかえって進みにくくなるからです。
ADKARを提唱したProsci社自身も、ADKARは変化を理解するためのモデルで、それだけで変革を進める完全な方法論ではないと説明しています。チェンジマネジメントとは?の記事では、コッターの8段階で全体の計画を立て、各段階で現場の人がどこでつまずいているかをADKARで確かめる使い方を紹介しました。
取り組みの種類ごとに、当ブログがすすめる組み合わせは次のとおりです。
- 全社で新しいやり方を広げる:コッターの8段階を軸に、ADKARで部署ごとの止まっている要素を確かめる
- 一つのチームのやり方を変える:レヴィンの力の場の分析を軸に、ブリッジズで誰が何を失うかを確かめる
- 部署の統合や担当の組み替えを伴う:ブリッジズを軸に、コッターの「伝える」「短期的成果」の段階が計画に入っているかを確かめる
モデルの名前は、推進チームの中だけで使う道具にとどめます。「ADKARのDesireが低い」と言われても、現場の人には何のことか分かりません。「理由は分かるけれど、自分には関係ないと感じている人が多い」のように、日常の言葉に直して伝えます。
診断:いまの取り組みには、どのモデルから使う?
困りごとと取り組みの種類を選ぶと、まず使うモデルと、組み合わせて確かめるモデルが分かります。問いと結果は、この記事の「いま答えたい問い」の表と、組み合わせの例にそろえています。
モデル選びの診断(3〜5問)
いまの状況に近いものを選ぶと、まず使うモデルと、組み合わせて確かめるモデルが分かります。
例:1つの取り組みを、4つのモデルで見直す
同じ取り組みに、4つのモデルを順に当ててみます。次は、いくつかの職場でよく聞く話を組み合わせた例です。
ある部門で、生成AIの利用を広げる取り組みを始めて4か月がたちました。説明会と研修を2回開き、利用ガイドも配りましたが、使っている人は一部にとどまっています。推進チームの次の案は「研修をもう1回」でした。その前に4つのモデルで見直してみると、それぞれ別のところに目が向きました。
| モデル | 目に入ったこと | 次に試すこと |
|---|---|---|
| コッター | ビジョンが「全員がAIを使う」のままで、誰の仕事がどう変わるのかを一文で言えない | 部署ごとに「どの仕事の、何が変わるか」を一文にする |
| ADKAR | 聞き取りでは「自分の仕事で使う理由が分からない」という声が多く、止まっていたのは知識より手前の認識と意欲だった | 研修の前に、部署ごとの使いどころを一緒に探す |
| レヴィン | 引き止める力として、AIで作った下書きを上司が一から書き直す習慣があった | 下書きの扱い方を、課長と先に話し合う |
| ブリッジズ | 資料づくりを得意としてきた人ほど、自分の強みがなくなると感じていた | これまでの仕事の価値を言葉にして認め、新しいやり方での役割を一緒に決める |
4つの見直しは、どれも「研修をもう1回」とは別の打ち手を指していました。推進チームは、全体の計画をコッターの8段階で組み直し、部署ごとの様子はADKARで確かめることにしました。最初に手をつけた部署では、使いどころを一緒に探した翌月、試す人が少し増えています。
AI活用のポイント:困りごとを「問い」に仕分けてもらう
推進チームで困りごとを出し合うと、「使われない」「動かない」のように、どのモデルの問いにも当てはまりそうな言葉が並びがちです。生成AIに、困りごとを4つの問いのどれに近いかで仕分けてもらうと、どのモデルから使うかを話し合う出発点ができます。AIに渡すのは状況の型だけで足ります。部署名や人の名前は、困りごとを書き出す段階で外しておきます。
次は、社内で進めている変革について、推進チームで出し合った困りごとです(部署名や人名は外しています)。
[困りごとを箇条書きで貼り付け]
それぞれの困りごとを、次の4つの問いのうち、どれに最も近いかで分けてください。
A. 何から手をつけ、どの順で進めるか(コッターの8段階)
B. 一人ひとりがどこで止まっているか(ADKARモデル)
C. 何が変化を引き止めているか(レヴィンの力の場の分析)
D. 人の内側で何が終わり、何を失っているか(ブリッジズのトランジション理論)
分けた理由を1行ずつ添え、どの問いにも当てはまらないものは「保留」としてください。
最後に、最も多くの困りごとが集まった問いと、その問いを確かめるために現場の人に聞くとよい質問を3つ挙げてください。
仕分けに迷う困りごとほど、推進チームで話し合う価値があります。AIの仕分けは、議論のたたき台として使います。
最後に
4つのモデルを、すべて使いこなす必要はありません。迷ったら、いちばん困っていることを1文で書き、それが「進め方」「一人ひとりの止まり方」「引き止める力」「失うもの」のどれについての話なのかを考えてみてください。そこで選んだモデルの記事から読み始めれば十分です。
4つのモデルを含め、変化を人の側から支える考え方の全体像は、チェンジマネジメントとは?組織変革を成功させる基本と進め方にまとめています。
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参照情報
- John P. Kotter, “Leading Change: Why Transformation Efforts Fail,” Harvard Business Review, 1995
- John P. Kotter, Leading Change, Harvard Business School Press, 1996(邦訳:ジョン・P・コッター『企業変革力』梅津祐良訳、日経BP、2002年)
- Jeffrey M. Hiatt, ADKAR: A Model for Change in Business, Government and our Community, Prosci Learning Center Publications, 2006
- Kurt Lewin, “Frontiers in Group Dynamics: Concept, Method and Reality in Social Science; Social Equilibria and Social Change,” Human Relations, 1(1), 5–41, 1947
- William Bridges, Transitions: Making Sense of Life’s Changes, Addison-Wesley, 1980(邦訳:ウィリアム・ブリッジズ『トランジション 人生の転機を活かすために』倉光修・小林哲郎訳、パンローリング、2014年)
- William Bridges and Susan Bridges, Managing Transitions: Making the Most of Change, 4th ed., Da Capo Lifelong Books, 2016(初版1991年。邦訳:ウィリアム・ブリッジズ、スーザン・ブリッジズ『トランジション マネジメント 組織の転機を活かすために』井上麻衣訳、パンローリング、2017年)




