生成AIの推進担当に任命された。名刺の肩書きは変わらず、部下もいない。説明会を開いても、現場の人はどこか様子見のまま。そのいっぽうで、肩書きのない現場の誰かの周りには、自然と質問が集まっている。そんな場面を見たことはないでしょうか。
この「肩書きはないのに、周りからリーダーと見られていく」現象を、研究ではエマージェント・リーダーシップと呼びます。この記事で答える問いは、次の3つです。
- エマージェント・リーダーシップとは何で、任命されたリーダーとはどこが違うのか
- 人はどんなやりとりを経て、周りからリーダーと認められていくのか
- 肩書きの弱い推進担当は、どんな順番で動けば現場で認められるのか
結論:エマージェント・リーダーシップとは、正式な役職を与えられていない人が、集団のやりとりの中で周りからリーダーとして認められていく現象です。リーダーは本人が名乗るだけでは成り立たず、周りが認めて初めて成り立ちます。認められるには、まず貢献とグループのやり方への理解で信用を貯め、その信用を使って新しいやり方を持ち込む、という順番が手がかりになります。
エマージェント・リーダーシップとは:周りが認めて生まれるリーダー
エマージェント・リーダーシップ(emergent leadership)とは、役職として任命されていない人が、集団の中で周りから「この人がリーダーだ」と認められ、影響力を持つようになる現象です。「エマージェント」は「自然に現れてくる」という意味で、日本語では創発的リーダーシップと訳されることもあります。
リーダーシップの研究では、組織が役職として決めたリーダーと、集団のやりとりの中から現れるリーダーを分けて考えてきました。前者の力の元は任命と権限で、後者の力の元は周りの受けとめ方です。
| 任命されたリーダー | エマージェントなリーダー | |
|---|---|---|
| リーダーになる理由 | 組織が役職として決める | 周りがリーダーとして受けとめる |
| 影響力の元 | 権限、評価、予算 | 信頼、貢献、グループへの理解 |
| 失いやすい場面 | 異動や組織変更 | 周りの期待を裏切ったとき |
| 職場での呼ばれ方の例 | 課長、プロジェクトリーダー | 「あの人に聞けば分かる」人、インフォーマルリーダー |
二つは対立するものではありません。任命されたリーダーが、周りからもリーダーと認められていることもあります。推進担当は、任命はされていても権限が弱いことが多く、エマージェントな面で認められるかどうかが、変革の進み方を左右します。
リーダーは「名乗る」と「認める」のやりとりで生まれる
リーダーかどうかは、本人の性格だけで決まるのではなく、本人が名乗り、周りが認めるというやりとりの積み重ねで決まっていきます。この見方を示したのが、アメリカのミシガン大学のビジネススクールでリーダーシップを研究してきたスコット・デリュー氏とスーザン・アシュフォード氏です。
両氏は2010年の論文(Academy of Management Review誌)で、組織の中のリーダーとフォロワーの立場は、人と人とのやりとりの中で名乗る(claim)と認める(grant)が繰り返されて、一緒につくられていくと述べました。「この件は私がまとめます」と一歩前に出るのが名乗ること、「じゃあお願いします」と任せるのが認めることにあたります。
論文では、このやりとりを通じて、リーダーという立場は三つの層で固まっていくとされています。本人が自分をリーダーだと思えるようになること、相手との関係の中でそう扱われること、そして組織の中で広くそう受けとめられることです。名乗っても認められなければ、立場は固まりません。逆に、周りが認めても本人が引き受けなければ、やはり固まりません。
人が集団に自分を重ねる心の動きを研究してきた社会心理学者のマイケル・ホッグ氏は、2001年の論文(Personality and Social Psychology Review誌)で、集団の人たちは、その集団らしさをいちばん体現している人を、影響力のある人として見やすいと論じました。外から来た人が正しいことを言っても通りにくく、仲間と見られている人の言葉は通りやすい。現場で感じるこの差にも、理論の裏づけがあるわけです。
ホランダーの特異性クレジット:信用を貯めてから変える
集団の中で新しいやり方を持ち込むには、先にその集団の中で信用を貯めておく必要がある、と考えるのがホランダーの特異性クレジットです。変革を進める立場の人にとって、いちばん実用的な考え方かもしれません。
リーダーとフォロワーの関係を、フォロワーの側からも長く研究したアメリカの社会心理学者、エドウィン・ホランダー氏は、1958年の論文「Conformity, status, and idiosyncrasy credit」(Psychological Review誌)で、特異性クレジット(idiosyncrasy credit)という考え方を示しました。日本語では「特異性信用」とも訳されます。集団の人たちは、メンバーの一人ひとりに対して、目に見えない信用の残高のようなものを持っている、という考え方です。
この信用は、集団の期待に沿うふるまいや、集団への貢献を通じて貯まっていきます。そして、貯まった信用があるほど、その人がいつもと違うこと、つまり集団の決まりから外れたことや新しいことをしても、受け入れてもらいやすくなります。新しいやり方を持ち込むたびに信用は使われるので、使いすぎると、何を言っても通らなくなります。

変革の場面に置きかえると、着任してすぐに「これからはAIで議事録を作ります」と決めるのは、残高がないまま大きな買い物をするようなものです。まず現場の困りごとを一つ片づける、約束した期限を守る、その部署の仕事の進め方を知る。そうして貯めた信用を、新しいやり方の提案に使う、という順番になります。
動きで見る:信用を貯めて、使う
着任したばかりで、信用の残高はゼロです。行動を選ぶと、残高がどう増え、どう減るかが分かります。
貯める行動
使う行動
数字は「例」です。この記事では、ホランダーの特異性クレジットを「信用は貯めることも使うこともできる」という見方として借りています。
ただし、最初は合わせることに徹しなければならない、と言い切れるわけではありません。当時ハーバード・ビジネススクールに籍を置いていたシルビア・ベレッツァ氏、フランチェスカ・ジーノ氏、アナト・キーナン氏による2014年の研究(Journal of Consumer Research誌)は、改まった職場に赤いスニーカーで来るような、決まりから外れたふるまいが、周りから高い地位や能力の表れとして受けとめられる場合があることを、一連の実験で示しました。ただしこの効果は、見る人がその場に詳しくないとき、外れたふるまいがうっかりに見えるとき、守るべき決まりがはっきりしていないときには消えていました。この記事では、ホランダー氏の考え方を「合わせるのが先」という決まりとしてではなく、「信用は貯めることも使うこともできる」という見方として借りています。
研究で分かっている「リーダーに見えやすい人」と、その落とし穴
研究では、外向的な人や、よく話す人ほどリーダーとして現れやすいことが分かっていますが、リーダーに見えやすいことと、リーダーとして役に立つことは同じではありません。推進担当が仲間を選ぶときに、気をつけたい点です。
性格と仕事の成果の関係を長く研究してきたアメリカの経営学者、ティモシー・ジャッジ氏らの2002年のメタ分析(Journal of Applied Psychology誌)は、性格の5つの因子とリーダーシップの関係を調べた研究をまとめたものです。その中で、外向性が、リーダーとして現れることとも、リーダーとしての効果とも、もっとも一貫して関係していました。
少人数のグループで誰がリーダーとして現れるかを実験で確かめた、ニール・マクラーレン氏らの2020年の研究(The Leadership Quarterly誌)は、話した時間の長さが、知能や性格、性別などを考えに入れても、リーダーとして現れることを予測すると報告しています。「話す量が多い人がリーダーに見える」という、いわゆるバブル仮説(babble hypothesis、おしゃべり仮説)を確かめた研究です。
性別についても研究があります。組織行動を研究するケイティ・バドゥラ氏らの2018年のメタ分析(Personnel Psychology誌)は、男性のほうがリーダーとして現れやすい差は、年代とともに小さくなってきたものの、いまも残っていると報告しました。その差の一部は、集団の活動にどれだけ前に出て参加するか、の違いを通じて生まれていると説明しています。
推進担当がここから受け取れるのは、「会議でよく話す人」がそのまま「現場を動かせる人」とは限らない、ということです。黙って手を動かし、隣の席の人に使い方を教えている人は、会議では目立ちません。会議の発言量だけで推進役を選ぶと、こうした人を見落とします。
例:認められる前に動いて、空回りした場面
空回りした場面を並べると、どれも信用の残高を確かめないまま、使う行動に出ていました。導入支援の現場で見てきた場面を、組み合わせて3つの例にしました。
例1:着任して2週目に、全員にAIの利用を求めてしまった
推進担当になって2週目、部署の定例で「来月から、週報はAIで下書きしてください」とお願いしました。経営層の方針でもあったので、筋は通っていると思い込んでいました。返ってきたのは「で、それ誰が決めたの」という反応で、翌月の利用はほとんど増えませんでした。
後から思えば、その部署の誰とも、まだ一緒に困りごとを片づけたことがありませんでした。次の部署では、まず問い合わせの多い表計算の作業を一つ、AIで手伝うところから始めました。お願いが通りやすくなったと感じたのは、そのあとです。
例2:質問がいつも同じ人に集まっていた
ある部署では、AIの使い方の質問が、推進役として名簿に載っている人ではなく、別の若手に集まっていました。その人は会議ではほとんど話しませんが、隣の席の人に画面を見せながら、手順をよく教えていました。
気づいたのは、利用状況の聞き取りで「〇〇さんに聞いています」という名前が何度も出てきたからです。その人に、部署の使い方のまとめ役をお願いすると、照れながらも引き受けてくれました。部署の中で質問が片づく場面が、少しずつ増えていきました。
例3:よく話す人を推進役に選んで、現場が離れた
推進役を選ぶとき、会議で積極的に意見を言う人に声をかけたことがあります。説明会での発言も多く、適任だと思っていました。ところが、その人が勧めるやり方は、現場の人にはどこか押しつけに聞こえていたようで、利用は広がりませんでした。
その人自身はAIをよく使っていて、熱意もありました。足りなかったのは、その部署の人たちからの信用でした。発言の多さを、周りからの信頼と取り違えていたのだと思います。
運営者の実感:一緒に進む礎は、実績と信頼の積み上げ
マネージャーのような組織上の権限がない立場で、変革を進めてきました。名乗ることや、誰かに指名されることも、もちろん大切です。それでも、周りの人と一緒に先へ進むための礎になったのは、実績と信頼を一つずつ積み上げていったことだった、というのが実感です。
推進担当がリーダーと認められていくための5つの順番
肩書きの弱い推進担当がリーダーと認められていくには、信用を貯め、小さく名乗り、周りのリーダーを認め、それから信用を使って変える、という順番で進めるのが近道です。
- 現場の困りごとを一つ片づける:AIの話より先に、相手が困っていることを一つ解決します。小さくても、約束した期限を守ることが信用の最初の貯金になります。
- その集団のやり方を知る:会議の進め方、決め方、大事にしている言葉を観察します。合わせられるところは合わせ、変えたいところは書き留めておきます。
- 小さく名乗る:「この手順のまとめは私がやります」のように、範囲の小さいことから前に出ます。断られにくく、引き受けた結果で次の信用が貯まります。
- 周りのリーダーシップを認める:質問が集まっている人、隣の人に教えている人を探し、その人に役割をお願いします。名乗る人を認める側に回ることも、推進担当の仕事です。
- 貯めた信用を使って変える:新しいやり方の提案は、信用が貯まってから出します。使ったあとは、提案の結果をていねいに報告し、また貯めることに戻ります。
4つめは、推進担当だけでリーダーシップを抱えないための手順でもあります。現場で自然に頼られている人は、その部署の中で、推進担当よりずっと多くの信用を持っています。その人が名乗りやすいように認めることが、変革を広げる近道になります。現場の人から話を引き出すときの問いかけ方は、問いを立てる力とは?推進担当のための問いの立て方と、現場への問いかけ方で扱っています。
気をつけたいこと:認められることを目的にしない
信用を貯めることは、周りに好かれることや、言いたいことを言わずにおくこととは違います。合わせることが目的になると、変えるべきことを変えないまま時間が過ぎてしまいます。
ホランダー氏の考え方でも、信用は使うために貯めるものです。いつまでも使わずにいると、推進担当は「感じのいい人」にはなれても、変革を進める人にはなれません。どこで使うかを先に決めておき、貯まったら使う。その判断を先延ばしにすると、残高は増えても、職場は何も変わりません。
また、周りがリーダーとして認めているのが、いつも同じタイプの人だけになっていないかも見ておきたい点です。研究が示すように、よく話す人や前に出る人は認められやすく、そうでない人は見落とされがちです。現場に詳しい推進役の選び方は、チェンジエージェントとは?役割と選び方、支え方にもまとめています。
AI活用のポイント:自分の信用の出し入れを振り返る
生成AIは、自分のこれまでの行動を「信用を貯めた行動」と「信用を使った行動」に分けて振り返る相手として使えます。次に何を提案するかを決めるのは自分です。会社名や個人名は、仮の呼び方に置き換えて入力します。
あなたは、社内で新しいやり方を広げようとしている人の振り返りを手伝う相談相手です。ホランダーの「特異性クレジット」(集団への貢献で信用が貯まり、新しいことを持ち込むと信用を使う、という考え方)を使って整理してください。【立場】(例:生成AIの推進担当になって2か月。部下はいない。部署Aと部署Bを担当)【この2か月で、部署Aに対して自分がしたこと】(例:- 表計算の集計作業を一緒にAIで手伝った- 週報をAIで下書きするよう全員にお願いした- 定例会議に毎回出て、質問に答えた- …)次の3つをしてください。1. それぞれの行動を「信用を貯めた」「信用を使った」「どちらとも言えない」に分け、理由を1行で付けた表を作る2. 部署Aでの今の信用の残高を「少ない/中くらい/多い」で見積もり、その根拠を書く3. 次に提案したい新しいやり方を出すまでに、あと何をするとよいかを3つ挙げる分からない点は推測で埋めず、私に質問してください。
チェックリスト:周りからリーダーと認められているか
- 担当する部署で、AI以外のことも含めて、困りごとを一緒に片づけたことがある
- その部署の会議の進め方や、大事にしている言葉を説明できる
- 「これは私がやります」と名乗った小さな仕事を、期限どおりに終えている
- 部署の中で、質問が集まっている人の名前を挙げられる
- その人に、役割や感謝をきちんと伝えている
- 新しいやり方の提案を、信用が貯まる前に出しすぎていない
- 会議でよく話す人だけを、推進役の候補にしていない
まとめ
- エマージェント・リーダーシップとは、役職のない人が集団のやりとりの中で、周りからリーダーと認められていく現象です。
- リーダーの立場は、本人が名乗り、周りが認めるやりとりの積み重ねでつくられます。
- 肩書きの弱い推進担当は、貢献で信用を貯め、小さく名乗り、周りのリーダーを認めてから、信用を使って変える、という順番が手がかりになります。
冒頭の、肩書きがないのに質問が集まっている誰か。その人を見つけて、役割をお願いするところからでも、推進担当の信用の貯金は始められます。
組織の真ん中で変革を支える立場についてはミドルマネージャーが変革の要になる理由と、支える仕組みで、新しいやり方への反発の受けとめ方については変革への抵抗はなぜ起きる?社内の「抵抗勢力」とタイプ別の向き合い方で扱っています。
参考文献
- Edwin P. Hollander「Conformity, status, and idiosyncrasy credit」Psychological Review, 65(2), 117-127, 1958年
- Silvia Bellezza, Francesca Gino, Anat Keinan「The Red Sneakers Effect: Inferring Status and Competence from Signals of Nonconformity」Journal of Consumer Research, 41(1), 35-54, 2014年
- D. Scott DeRue, Susan J. Ashford「Who Will Lead and Who Will Follow? A Social Process of Leadership Identity Construction in Organizations」Academy of Management Review, 35(4), 627-647, 2010年
- Michael A. Hogg「A Social Identity Theory of Leadership」Personality and Social Psychology Review, 5(3), 184-200, 2001年
- Timothy A. Judge, Joyce E. Bono, Remus Ilies, Megan W. Gerhardt「Personality and leadership: A qualitative and quantitative review」Journal of Applied Psychology, 87(4), 765-780, 2002年
- Neil G. MacLaren ほか「Testing the babble hypothesis: Speaking time predicts leader emergence in small groups」The Leadership Quarterly, 31(5), 101409, 2020年
- Katie L. Badura, Emily Grijalva, Daniel A. Newman, Thomas Taiyi Yan, Gahyun Jeon「Gender and leadership emergence: A meta-analysis and explanatory model」Personnel Psychology, 71(3), 335-367, 2018年




