生成AIの導入を任されてから、気づけば説明会も、問い合わせ対応も、部署ごとの調整も、すべて自分を通っている。推進担当が休むと、変革まで止まってしまう。そんな状態に心当たりはないでしょうか。
試しに、推進担当が1週間休んだところを想像してみてください。止まるものが多いなら、その変革のリーダーシップはまだ一人の中にあります。役割表に名前がいくつ並んでいても、です。この状態をほどく手がかりになるのが、分散型リーダーシップという考え方です。この記事で扱う問いは3つです。
- 分散型リーダーシップは、シェアド・リーダーシップと何が違うのか
- チェンジマネジメントの役割分担と、どこが重なり、どこがずれるのか
- 役割を配ったあと、何を決めれば判断が一人に戻らないのか
分散型リーダーシップは、リーダーシップを何人かのやりとりから生まれる働きとして見る考え方です。チェンジマネジメントのモデルも、スポンサーや推進チーム、チェンジエージェントのように役割は分けています。それでも判断が推進担当に戻ってくるのは、役割と役割のつなぎ目が決まっていないからです。
分散型リーダーシップとは:リーダーシップを「人」ではなく「働き」として見る
分散型リーダーシップ(Distributed Leadership)とは、リーダーシップを一人のリーダーの持ち物ではなく、複数の人が協力して果たす働きとして捉える考え方です。誰がリーダーかより、どんなやりとりの中で方向づけや決定が生まれているかに目を向けます。
この考え方は、主に学校経営の研究の中で育ちました。校長一人の力では授業は変わらず、教頭や主任、教員どうしの関わり方こそが学校を動かしている、という観察が出発点です。日本でも、学校改善や保育の現場で使われている言葉です。
グロン氏:リーダーの人数を数えても、中身は見えない
オーストラリアのモナシュ大学やイギリスのケンブリッジ大学で教えてきた教育学者、ピーター・グロン氏は、2002年の論文「Distributed leadership as a unit of analysis」(The Leadership Quarterly誌)で、リーダーシップを個人の行動の寄せ集めとして見るのをやめ、複数の人の協調した働き(concertive action)として分析しようと提案しました。リーダー役が何人いるかを数えても、あまり意味はありません。その人たちが結びついて動いているかを見よう、という提案です。
同氏はその現れ方として、その場で自然に生まれる協働、互いをよく知る人どうしの息の合った分担、制度として定着した協働の仕組み、の3つを挙げています。変革の場面でいえば、有志の集まり、気心の知れた二人の役割分担、定例会議や委員会がそれぞれにあたります。
スピレーン氏:会議の書式も、リーダーシップの一部
学校のリーダーシップを現場の観察から研究してきた、アメリカ・ノースウェスタン大学のジェームズ・P・スピレーン氏。同氏らは2004年の論文(Journal of Curriculum Studies誌)で、リーダーシップの実践は、リーダーとフォロワー、そして状況のやりとりの中で形づくられると述べました。ここでいう状況には、会議の進め方や書式、使っている道具も含まれます。
AIツールの導入を担当していると、この見方はすっと入ってきます。新しいツールそのものも、それを使う会議の手順も、人の動き方を方向づける「状況」の一部だからです。チャットの共有スペースをどう作るか、定例のどの時間に使い方を共有するかといった設計も、リーダーシップの一部として扱えます。
ビジネスの世界での広がり
経営の側からこの考えを後押ししたのが、マサチューセッツ工科大学(MIT)スローン経営大学院のデボラ・アンコーナ氏や、『学習する組織』で知られるピーター・センゲ氏らです。2007年の論文で、「完全なるリーダー」という神話を手放すよう説いています(原題「In Praise of the Incomplete Leader」、Harvard Business Review誌。邦訳は『完全なるリーダーはいらない』、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2007年9月号)。自分の長所と短所を見極め、短所を周りの人に補ってもらう。それを分散型リーダーシップとして勧めています。
シェアド・リーダーシップとの違い
シェアド・リーダーシップと分散型リーダーシップは、どちらも「リーダーシップを複数の人で担う」点で重なり、厳密な線引きは研究者によって異なります。大まかには、育った研究の場と、見ている範囲が違います。
| 分散型リーダーシップ | シェアド・リーダーシップ | |
|---|---|---|
| 主に育った場 | 学校経営、教育や医療の組織研究 | チームの研究、経営学 |
| 見ている範囲 | 組織の中の実践全体(人・道具・手順) | チームの中での影響の分け持ち |
| 代表的な研究者 | グロン氏、スピレーン氏 | ピアース氏とコンガー氏、カーソン氏ら |
| よく問われること | 誰と誰のやりとりで決定が生まれているか | メンバーどうしがどれだけ影響を及ぼし合っているか |
シェアド・リーダーシップについては、リーダーシップ研究者のクレイグ・ピアース氏とジェイ・コンガー氏が2003年に編んだ論文集『Shared Leadership』がよく知られています。アメリカの大学に籍を置く3人の研究者、ジェイ・B・カーソン氏らによる2007年の研究(Academy of Management Journal誌)は、シェアド・リーダーシップを「一人の任命されたリーダーに集中せず、チームのメンバーにリーダーシップが分かれている状態」と定義しました。日本の研究者による入門書には、石川淳氏の『シェアド・リーダーシップ:チーム全員の影響力が職場を強くする』(中央経済社、2016年)があります。
この記事では、変革を進める組織全体を扱うため、分散型リーダーシップという言葉を中心に使います。チームの中の話をするときは、シェアド・リーダーシップの研究も借ります。
チェンジマネジメントとの似ている点:変革のモデルも役割を分けている
チェンジマネジメントのモデルは、もともと変革を一人のリーダーに任せない作りになっています。この点で、分散型リーダーシップとよく似ています。
たとえば、コッターの8段階の2つめは「変革推進チームをつくる」です。経営層の誰か一人に任せず、影響力を持つ人たちのチームで変革を引っ張ることを求めています(コッターの8ステップ(変革の8段階)とは?)。変革の役割を、経営層のスポンサー、全体を回す推進担当、現場で実践して見せるチェンジエージェントに分ける考え方も、広く使われています(チェンジエージェントとは?役割と選び方、支え方)。
8段階の生みの親であるジョン・P・コッター氏自身も、2012年のHarvard Business Review誌の論文「Accelerate!」で、さらに一歩進めています。ふだんの仕事を回す階層型の組織と並べて、さまざまな部署と階層から集まった有志のネットワークを動かし、そこに変革の取り組みを任せる「二つの仕組み」を提案しました。リーダーシップを組織の中に広く分けて持つ、という発想そのものです。
変革を計画的に進めるチェンジマネジメントの全体像は、チェンジマネジメントとは?組織変革を成功させる基本と進め方にまとめています。分散型リーダーシップは、その中の「誰が変革を動かすのか」の部分を、より細かく見るためのレンズです。
違う点:役割表を配るだけでは、リーダーシップは分散しない
チェンジマネジメントの計画は役割を「配る」ことに力を入れがちですが、分散型リーダーシップは、配られた人どうしが「つながって動いているか」を問います。

グロン氏の言葉を借りれば、役割表は個人の足し算です。スポンサー、推進チーム、各部署の推進役と名前が並んでいても、互いに何を渡し合うのかが決まっていなければ、判断はすべて推進担当に戻ってきます。役割は分かれているのに、リーダーシップは一人に集まったまま、という状態です。
役割を分けたら、次の3つのつなぎ目を決めます。
| つなぎ目 | 決めること | 決めていないと起きること |
|---|---|---|
| 決めてよい範囲 | スポンサーから推進チーム、推進チームから各部署へ、どこまで任せるか | 小さな判断まで上に戻り、推進担当が詰まる |
| 横の受け渡し | 部署の推進役どうしが、うまくいった使い方や困りごとをどこで共有するか | 同じ失敗を部署ごとに繰り返す |
| 道具・会議・手順 | 新しいやり方を、どの会議、どの書式、どのツールの使い方に埋め込むか | 人が替わると元に戻る |
3つめは、スピレーン氏らのいう「状況」にあたります。生成AIの導入なら、共有のプロンプト集や、定例会議の冒頭5分の使い方の共有が、人の代わりに方向を示し続けてくれます。
リーダーシップが一人に戻ってしまった例
3つとも、役割表はきちんとできていました。
例1:各部署に推進役を置いたのに、質問がすべて推進担当に来た
生成AIの全社展開で、各部署から一人ずつ推進役を出してもらいました。顔合わせの会も開き、役割を書いた一覧も配りました。ところが1か月たっても、現場からの質問はほとんどが推進担当に直接届いていました。
推進役の人たちに話を聞くと、「どこまで自分が答えてよいのか分からなかった」という声が多く出ました。社内ルールの解釈を間違えるのが怖かったそうです。答えてよい質問の範囲と、迷ったときの相談先を一枚にまとめて渡したところ、部署の中で片づく質問が少しずつ増えていきました。
例2:推進役どうしが互いの工夫を知らなかった
ある部署では、会議の議事録をAIで下書きする手順がうまく回っていました。別の部署では、同じことに挑戦してうまくいかず、やめてしまっていました。二つの部署の推進役は、互いの取り組みを知りませんでした。
推進チームとの定例を、部署ごとに別々に開いていたからです。月に一度、推進役どうしが15分ずつ近況を話す場をつくると、手順の写し合いが始まりました。推進担当が間に入らなくても横で情報が流れるようになったのは、この場ができてからです。
例3:推進担当が異動したら、定例のAI共有がなくなった
チームの定例会議で、冒頭に「今週AIで楽になったこと」を一人ずつ話す時間がありました。始めたのは推進担当で、毎回司会もしていました。その人が異動すると、翌週から共有の時間はなくなりました。
仕組みのつもりでしたが、回していたのは一人の熱意でした。司会を持ち回りにする。議事録のひな形に共有の欄を入れておく。どちらも、その人がいるうちにできたはずです。
運営者が見てきたこと:情熱を持った推進リーダーと、スポンサー
新しいツールを広める現場で何度も目にしてきたのは、一人の強力なリーダーが全体を引っ張る形ではありませんでした。新しいツールで仕事を変えたいという情熱を持った推進リーダーが、多くの人の協力を得て、コミュニティや部署のグループを通じて広めていく形です。分散型リーダーシップという言葉を知ったとき、こうした広がり方をうまく言い表していると感じました。ただ、それだけで組織の仕組みまで変わるわけではありません。組織に働きかける段階になると、どこかのタイミングでスポンサーの後ろ盾が必ず要る、というのが実感です。
分散型リーダーシップで変革を進める手順
役割を決めたら、そこで止めずに「何を渡し合うか」と「どこに埋め込むか」まで決めます。順番は次のとおりです。
- いま自分を通っている判断を書き出す:1週間分、推進担当として答えた質問や決めたことを書き出します。どれが自分でなくても決められるかが見えてきます。
- 決めてよい範囲を一枚にする:各部署の推進役が自分で答えてよいこと、相談してほしいこと、上に上げることを3段に分けて書きます。
- 横の受け渡しの場をつくる:推進役どうしが、推進担当を通さずに話せる場を月1回つくります。報告会にはせず、うまくいった手順と困りごとを交換する場にします。
- 新しいやり方を道具と手順に埋め込む:議事録のひな形、共有のプロンプト集、定例の議題など、人が替わっても残る形にします。
- 目的と支え合いの状態を点検する:3か月ごとに、目的が共有されているか、互いに助け合えているか、意見を言える場があるかを確かめます。
5つめの点検の観点は、カーソン氏らの2007年の研究にもとづいています。59のコンサルティングチームを調べたこの研究では、共有された目的、互いの支え合い、発言の機会という3つのチームの状態と、チームの外からのコーチングが、シェアド・リーダーシップが生まれる前提になっていました。そして、シェアド・リーダーシップが強いチームほど、顧客からの成果の評価が高い傾向がありました。推進担当は、この「外からのコーチング」の役を担える立場にいます。
気をつけたいこと:分散は責任の放棄ではない
リーダーシップを分けても、最終的に決める人と、全体を見渡す人は必要です。分散型を「みんなが責任者」と受け取ると、誰も決めない状態になりかねません。
グロン氏自身も、2009年の論文では、一人のリーダーと分散した実践が混ざり合う「ハイブリッド」な形に目を向けています。変革でいえば、スポンサーが方向と資源に責任を持ち、推進担当が全体のつながりを見て、各部署が日々の判断を持つ、という組み合わせです。分けるのは「決めてよい範囲」であって、責任そのものは分けません。
一人の人が周りを方向づける働きかけについては、ミドルの立場から考えたミドルマネージャーが変革の要になる理由と、支える仕組みもあわせて読むと、分ける範囲を決めやすくなります。
AI活用のポイント:自分に集まっている判断を仕分けてもらう
自分に集まっている判断は、書き出してみると案外多いものです。仕分けの下ごしらえをAIに頼むと、手が止まりにくくなります。最後に渡す相手と範囲を決めるのは、推進担当とスポンサーです。会社名や個人名は、仮の呼び方に置き換えて入力します。
あなたは、社内の変革プロジェクトの進め方を一緒に考える相談相手です。【状況】(例:生成AIの全社展開を担当して3か月。各部署に推進役が1人ずついる)【この2週間で、推進担当の私が対応したこと】(例:- 部署Aから、社外秘の資料をAIに入れてよいかの質問- 部署Bから、議事録の下書きのプロンプトを教えてほしいという依頼- 経営会議向けの利用状況の報告- …)これらを次の4つに仕分けて、表にしてください。1. 部署の推進役が自分で答えてよいこと2. 部署の推進役が答え、あとで推進担当に共有すればよいこと3. 推進担当が判断すべきこと4. スポンサー(経営層)が判断すべきことそれぞれに、そう仕分けた理由を1行で付けてください。最後に、1と2を推進役に任せるために、事前に渡しておくべき情報やルールを3つ挙げてください。
チェックリスト:リーダーシップは分かれているか
- 推進担当が1週間不在でも、各部署で答えられる質問がある
- 各部署の推進役が「自分で決めてよい範囲」を説明できる
- 推進役どうしが、推進担当を通さずに情報を交換する場がある
- 新しいやり方が、会議の議題や書式、ツールの設定に組み込まれている
- 変革の目的を、推進役が自分の部署の言葉で言える
- 最終的に決める人(スポンサー)と、その判断の範囲がはっきりしている
- 推進担当の仕事が「答えること」から「つなぎ目を整えること」に移りつつある
まとめ
- 推進担当が1週間休んで止まる変革は、役割表があっても、まだ一人のリーダーシップで動いています。
- チェンジマネジメントのモデルも、推進チームやチェンジエージェントのように役割を分けており、発想は分散型リーダーシップとよく似ています。
- 差が出るのは、決めてよい範囲、横の受け渡し、道具や手順という「つなぎ目」まで決めたかどうかです。
チームで学び合いながら変わっていく考え方は学習する組織とは?センゲの5つのディシプリンを変革の現場で使うで、推進役や現場の人から話を引き出す問いかけ方は問いを立てる力とは?推進担当のための問いの立て方と、現場への問いかけ方で扱っています。
参考文献
- Peter Gronn「Distributed leadership as a unit of analysis」The Leadership Quarterly, 13(4), 423-451, 2002年
- Peter Gronn「From Distributed to Hybrid Leadership Practice」『Distributed Leadership』Springer, 2009年 所収
- James P. Spillane, Richard Halverson, John B. Diamond「Towards a theory of leadership practice: a distributed perspective」Journal of Curriculum Studies, 36(1), 3-34, 2004年
- Craig L. Pearce, Jay A. Conger 編『Shared Leadership: Reframing the Hows and Whys of Leadership』SAGE, 2003年
- Jay B. Carson, Paul E. Tesluk, Jennifer A. Marrone「Shared Leadership in Teams: An Investigation of Antecedent Conditions and Performance」Academy of Management Journal, 50(5), 1217-1234, 2007年
- Deborah Ancona, Thomas W. Malone, Wanda J. Orlikowski, Peter M. Senge「In Praise of the Incomplete Leader」Harvard Business Review, 2007年2月号(邦訳「完全なるリーダーはいらない」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2007年9月号)
- John P. Kotter「Accelerate!」Harvard Business Review, 2012年11月号
- 石川淳『シェアド・リーダーシップ:チーム全員の影響力が職場を強くする』中央経済社、2016年




