説明会の最後に「何か質問はありますか」と聞くと、会場が静まり返る。「AIで何ができそうか、各自考えてきてください」と頼んだのに、次の会議で案が一つも出てこない。新しいツールや仕組みを広める立場になると、こうした空振りに何度も出会います。
多くの場合、相手にやる気がないわけではありません。投げた問いが、答えにくい形をしているのです。この記事で答える問いは、次の3つです。
- 問いとは何で、ふだんの質問とどこが違うのか
- 課題を決めるための問いと、相手から話を引き出すための問いは、どう使い分けるのか
- 答えが返ってこない問いは、どこをどう直せばよいのか
結論:問いとは、何について、どこまで考えるかを決める言葉です。推進担当には、自分が取り組む課題を決めるための問い(問いを立てる力)と、相手から事実や本音を引き出すための問い(問いかけ)の2つが要ります。どちらも「大きさ」「向き」「答えやすさ」の3点で直すと、答えが返ってくる形に変わります。生成AIが答えをすぐ出してくれる今、成果の差は、どんな問いを渡すかで生まれやすくなっています。
問いとは:考える向きと範囲を決める言葉
問いとは、何について、どこまで考えるかを決める言葉です。同じ状況でも、どんな問いを置くかで、集まる情報も、出てくる答えも変わります。
たとえば、生成AIの利用が伸びない職場で「なぜ使われないのか」と問えば、使わない理由が集まります。「使っている人は、どの仕事で使っているのか」と問えば、うまくいっている場面が集まります。どちらが正しいということはありません。ただ、問いを置いた時点で、見える範囲が決まります。
問いと質問の違い
日常では「問い」と「質問」はほぼ同じ意味で使われます。この記事では、次のように分けて考えます。
| 質問 | 問い | |
|---|---|---|
| 目的 | 知らない答えを知る | 考える向きを決める |
| 答え | 多くは1つに決まる | いくつもあり得る |
| 例 | 「研修は何日ですか」 | 「研修のあと、何があれば使い続けられるか」 |
| 向ける相手 | 主に他人 | 自分、チーム、相手 |
答えが一つに決まらない問いほど、考える人の数だけ見方が出てきます。変革の場面で役に立つのは、主にこちらです。
問いを立てる力とは:取り組む課題を自分で決める力
問いを立てる力とは、目の前の状況から「本当に考えるべきことは何か」を選び、言葉にする力です。課題設定力や問題発見力と呼ばれることもあります。
推進担当になると、「AIを活用して業務を効率化せよ」のような大きな指示を受け取ることがよくあります。この指示は、そのままでは問いになっていません。誰の、どの仕事の、何を変えるのかが決まっていないからです。「経費精算の確認で、差し戻しが多いのはどの項目か」まで絞れたとき、はじめて調べることと試すことが見えてきます。
生成AIが広がったことで、この力の重みは増しています。AIは渡された問いには速く答えますが、問いそのものが的外れなら、的外れな答えを丁寧に返してきます。AIに頼む前に考えを言葉にしておく話は、メタ認知とは?生成AIを使いこなす人が先にやっている言語化で扱いました。問いを立てる力は、その手前で「そもそも何を考えるべきか」を決める力です。
相手に向ける問い:シャインの「謙虚な問いかけ」
相手から事実や本音を引き出したいときは、自分がまだ答えを知らないことを、関心をもって尋ねるのが基本です。アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で長く教え、組織文化の研究で知られる組織心理学者のエドガー・シャイン氏は、これをHumble Inquiry(謙虚な問いかけ)と名づけました。2013年の同名の本(邦訳『問いかける技術』英治出版、2014年)で、言うより尋ねることが信頼関係をつくると説いています。
シャイン氏が注意を向けたのは、立場が上の人ほど「教える」「言う」に偏りやすいことです。答えを持っている人が尋ねる問いは、相手には試験のように聞こえます。「この機能、便利だと思いませんか」は、形は問いでも、中身は意見の押しつけです。相手は察して、期待される答えを返すか、黙ります。
推進担当は、本人にその気がなくても「答えを持っている側」に見られがちです。だからこそ、相手の仕事について自分が知らないことを、素直に聞くところから始める価値があります。管理職が変革の場でどう関わるかは、ミドルマネージャーが変革の要になる理由で扱っています。
答えが返ってくる問いの立て方:大きさ・向き・答えやすさ
答えが返ってこない問いは、たいてい「大きすぎる」「向きが合っていない」「答えにくい」のどれかです。この3点をつまみのように回して調整すると、同じテーマでも答えの返り方が変わります。当ブログでは、問いの立て方を次の3つで整理しています。
| つまみ | 調整の仕方 | 変える前 | 変えた後 |
|---|---|---|---|
| 大きさ | 範囲と期間を絞る | 「AIで仕事をどう変えるか」 | 「来週の定例の議事録づくりで、AIに任せられる部分はどこか」 |
| 向き | できない理由だけでなく、できている場面や次の一手に向ける | 「なぜ使わないのか」 | 「使ってみて、少しでも楽になった作業は何か」 |
| 答えやすさ | 意見より先に事実を聞く | 「AIについてどう思いますか」 | 「この1週間で、AIを開いたのはどんな作業のときですか」 |

大きな問いが悪いわけではありません。「この部署は3年後、どんな仕事に時間を使っていたいか」のような問いは、方向を決める場面では欠かせません。問題は、場面と大きさが合っていないときです。方向を決める会議では大きく、明日から試すことを決める場では小さくします。
向きについては、前提そのものを問い直す問いもあります。「そもそも利用率を目標にしてよいのか」のような問いです。この考え方はシングルループ学習とダブルループ学習で詳しく扱っています。
問いを投げても、答えが返ってこなかった例
答えが返ってこなかった場面を振り返ると、相手より先に、問いの形のほうに原因が見つかることがほとんどでした。導入支援の現場で見てきた場面を、3つの例にしました。
例1:「何か困っていることはありますか」に、誰も答えなかった
新しい業務ツールを入れて2週間たったころ、各チームを回って「何か困っていることはありますか」と聞いて歩きました。返ってくるのは「特にないです」ばかりでした。困りごとはないのだと受け取って安心していましたが、翌月の利用状況を見ると、半分のチームがほとんど開いていませんでした。
聞き方を「昨日、このツールを開いたのはどの作業のときでしたか」に変えると、話が出てくるようになりました。「開いたけど、前のやり方のほうが早くて閉じた」という答えから、つまずいている手順が一つ見つかりました。全部が片づいたわけではありませんが、直す場所の見当はつくようになりました。
例2:「AIで業務をどう変えるか」のワークショップが、発散して終わった
ある部署で、生成AIの活用アイデアを出し合う2時間のワークショップを開きました。お題は「AIで私たちの業務をどう変えるか」。付箋は100枚近く集まりましたが、「会議をなくす」「資料作成を自動化」のような大きな言葉が並び、翌週から何を試すかは決まりませんでした。
次の回は、お題を「先週いちばん時間がかかった作業を1つ選び、その中でAIに下書きを頼めそうな部分はどこか」に絞りました。付箋の数は減りましたが、その場で試せる案がいくつか残り、うち2つは翌週も続いていました。
例3:答えを持ったまま聞いて、相手が口を閉じた
試行の振り返りの場で、ある担当者に「この機能を使えば、集計がだいぶ楽になりますよね」と聞いたことがあります。返事は「そうですね」の一言でした。あとで別の人から、その担当者は集計の前のデータの形で困っていて、機能の話はかみ合っていなかったと聞きました。
聞く前から答えを決めていたのだと気づいたのは、そのときです。それからは、自分の見立てを先に言わず、「集計のとき、いちばん手間がかかるのはどこですか」と聞くようにしています。すぐに本音が出てくるわけではありませんが、相手の言葉で話してもらえる場面は少し増えました。
運営者として現場で問いを投げてきて、手応えがなかったのは、難しい言葉を使った問いと、作り込みが甘いまま投げた問いでした。聞いている側がまず言葉の意味を考えなければならない問いには、答えが返ってきません。思いついたまま投げた問いも、相手には何を答えればよいかが伝わりませんでした。そこで今は、問いを投げる前に生成AIを壁打ちの相手にしています。問いの案を見せて、分かりにくい言葉や答えにくい所を指摘してもらうと、自分の問いを一歩引いた位置から見直せます。
問いを立てる手順:書き出して、選んで、直す
問いは最初から上手に立てるものではなく、たくさん書き出してから選び、言い回しを直して仕上げるものです。次の5つの手順で進めると、一人でもチームでも使えます。
- 状況を事実で書く:困っていることを、評価を交えずに3〜5行で書きます(例:「導入から1か月。利用者は全体の2割。使われているのは主に資料の要約」)。
- 問いを10個書き出す:良し悪しを考えずに、「なぜ」「どの場面で」「誰が」「もし〜なら」などで始まる問いを並べます。
- 答える人を決める:その問いに答えるのは自分か、チームか、現場の誰かかを決めます。答える人によって、ふさわしい言い回しが変わります。
- 3つのつまみで直す:大きさ、向き、答えやすさを見直します。相手に聞く問いは、事実から話し始められる形にします。
- 一つ選んで投げ、返ってきた答えで問いを直す:答えが返ってこなければ、相手ではなく問いを直します。
問いを使った話し合いの場づくりをさらに掘り下げるなら、ワークショップとファシリテーションの研究を続けてきた安斎勇樹氏と塩瀬隆之氏の共著『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(学芸出版社、2020年)があります。
AI活用のポイント:答えではなく「問いの候補」を出してもらう
生成AIには、答えを出させるより、問いの候補を出させる使い方をすると、自分では思いつかなかった切り口が見つかります。出てきた候補から選び、言い回しを直すのは人の仕事です。会社名や個人名は仮の呼び方に置き換えて使います。
あなたは、職場の課題を一緒に考える相談相手です。答えや解決策はまだ書かないでください。代わりに、考えるための問いを出してください。【状況】(例:生成AIを導入して1か月。利用者は全体の2割。使われているのは主に資料の要約)【問いに答える人】(例:現場のチームリーダー5人。AIにはあまり詳しくない)次の条件で、問いを12個出してください。- 4個は「大きな問い」(方向を決めるための問い)- 4個は「小さな問い」(来週から試すことを決めるための問い)- 4個は「前提を疑う問い」(そもそもの目標や思い込みを見直すための問い)- どれも、答える人が自分の経験や事実から話し始められる言い回しにする- 「〜と思いませんか」のように、答えを誘導する言い方は使わない最後に、最初に投げるとよい問いを1つ選び、その理由を2行で書いてください。
チェックリスト:問いを投げる前に
- 答える人が、自分の経験から話し始められる言い回しになっている
- 範囲と期間が、その場で答えられる大きさに絞れている
- できない理由だけでなく、できている場面にも目が向く問いになっている
- 自分の中に「言ってほしい答え」がない
- 「はい」「いいえ」で終わらず、続きを話したくなる形になっている
- 前提そのものを問う必要がないか、一度考えた
- 答えが返ってこなかったときに、問いを直すつもりでいる
まとめ
- 問いとは、何について、どこまで考えるかを決める言葉です。推進担当には、課題を決めるための問いと、相手から話を引き出す問いかけの2つが要ります。
- 相手に問いかけるときは、自分がまだ答えを知らないことを尋ねます。答えを持ったまま聞く問いは、相手を黙らせます。
- 答えが返ってこない問いは、大きさ、向き、答えやすさのどれかを直すと変わります。
次の説明会で「何か質問はありますか」と言いかけたら、「この1週間で、いちばん手間取った作業は何でしたか」に置き換えてみてください。静まり返っていた会場から、最初の一言が出てくるかもしれません。
経験を振り返る場で問いをどう使うかは、リフレクションとは?反省との違いと、振り返りを次の行動に変えるやり方で扱っています。チームで対話しながら学ぶ考え方は学習する組織とは?センゲの5つのディシプリンを変革の現場で使うにまとめました。
参考文献
- Edgar H. Schein『Humble Inquiry: The Gentle Art of Asking Instead of Telling』Berrett-Koehler, 2013年
- エドガー・H・シャイン『問いかける技術:確かな人間関係と優れた組織をつくる』金井壽宏 監訳、原賀真紀子 訳、英治出版、2014年
- 安斎勇樹・塩瀬隆之『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』学芸出版社、2020年




